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5 王子の気持ち

 タータイヤ王国の人質としてメイリヤ姫がやって来てから、三月(みつき)が経とうとしていた。  姫が“捕リ篭(とりかご)”から出ることは許されていないが、質素だった室内は随分と様変わりしていた。中でも目を引くのは、キラキラ光る硝子の燈火(ランプ)だろう。これはミティアスが贈った品の中で姫の反応が一番よかったもので、気をよくしたミティアスが各地から取り寄せたのだ。  ほかにも髪を手入れするための香油や上質な櫛、肌の手入れ用に姉たちが作らせている香粧も揃え、食の細い姫のために珍しい菓子や果物も頻繁に運ばせている。  こうした贈り物はミティアスの得意とするところだった。これまでの恋人たちにもマメに贈り物をしていたし、たとえ一夜限りの相手だったとしても欠かさず届けていた。  おかげで贔屓にする商人たちも多く、多少の無理難題も快く引き受けてくれる。そうした商人たちを使い、いくつも手に入れているのが硝子の燈火(ランプ)だった。  一方、頻繁に品を相談される商人たちの間では、ミティアスについての噂話が静かに広がっていた。 「どうやらミティアス殿下は伴侶にご執心らしい」 「さすがの殿下も、伴侶相手ともなれば対応が違ってくるのだろう」 「今度の人質は、よほどの美姫に違いない」  あちこちで囁かれている噂の原因は、ミティアスの行動にあった。  これまでも様々な気配りが見て取れる品を選んでいたが、最近の選別はそれよりはるかに細かい。果物は鮮度や大きさ、柔らかさまで指定され、菓子は甘さの程度や使われている素材にまで注文がつく。  しかも、これまで多くの贈り物は護衛側近のダンが見聞していたのに、ほぼすべてをミティアス自身が見て選ぶという徹底ぶりだ。 「ミティアス殿下はお変わりになられた」  商人たちがそう思うくらい、ミティアスは姫への贈り物に気を配っていた。  そのことを一番に喜んだのはダンだった。  あまりにもうれしそうな顔をするダンにミティアスが理由を尋ねると、「主人(あるじ)がひとりを思って行動できるようになったのは、成長の証であり喜ばしいことですから」と、ニヤリとしながら答えた。  主人に対してそれはないだろうと言い返したい気持ちはあったが、これまでのあらゆることを知るダンの言葉に、ミティアスがぐうの音も出なかったのは言うまでもない。 「たとえ人質という意に沿わない伴侶であったとしても、殿下がひとりの男として接する心持ちになった方であれば、わたしは殿下同様にお仕えしたいと思っていますよ」 “捕リ篭(とりかご)”に続く静かな廊下を歩きながら、ダンがいつもの男臭い笑みを浮かべてそう話す。 「たしかに姫は伴侶という立場だけど、ダンだってわかってるよね」 「殿下が子をもうけたいというのであれば問題かもしれませんが、そんな気はないのでしょう?」 「……なんでもお見通しとか、どれだけダンに愛されているのか考えるだけで薄ら寒いんだけど」  ミティアスの憎まれ口に碧眼を細めてフッと笑みを浮かべたダンは、一礼して“捕リ篭(とりかご)”へ続く扉の傍らに立った。  ダンが立ち止まったここは前室で、普段はメイリヤ姫とシュウクの着替えや不足した日用品などを交換する場所だった。以前は食事やお茶など侍女らが“捕リ篭(とりかご)”の中まで運んでいたが、それも前室でシュウクが受け取る形へと変わった。そうしたことに使われている前室だが、何かあった場合の王宮騎士たちの控えの間も兼ねている。  本来、護衛側近であるダンは“捕リ篭(とりかご)”まで入るのが普通だ。そのための“側近”を兼ねた“護衛”であり、一般の王宮騎士とは立場も役割も違う。  しかしダンはほとんど前室に控えるだけで“捕リ篭(とりかご)”には入らない。「殿下の失態を見て笑うわけにはいきませんので」とはダンの言葉だが、姫との仲をどう縮めようか模索しているミティアスを思い、邪魔者はいないほうがよいと判断してのことだった。  そんなダンと示し合わせているのか、最近ではシュウクまでもが“捕リ篭(とりかご)”から姿を消すことがある。彼自身は軟禁されているわけではないので“捕リ篭(とりかご)”を出ることは可能だが、どうやら前室にいるダンに差し入れをしているらしい。  いまも前室に人の気配を感じたからか、いつもの微笑みを浮かべたシュウクが扉を開けて出てきた。手にはすっかりお馴染みとなった花茶が載った盆を持っている。 (なんというか、いい雰囲気じゃないか)  静かに言葉を交わす姿に、ミティアスは二人の仲を予想した。 (ダンにも、そろそろ恋人くらいはできてもいいんじゃないかと思っているんだよね)  こんな自分にも伴侶ができたくらいだし……と思いながら、先ほどのダンの言葉を思い出した。  ミティアスは本来、王族として子をもうけるべき立場だ。しかしこれまで子がほしいと思ったことはなく、有り体に言えば伴侶でさえも必要ないと思っていた。別にこれといった理由があるわけではないが、なんとなく、そう、なんとなく、そんな気持ちだった。  子どもが嫌いなわけでもなく、奥方という存在を(いと)っているわけでもない。それでも心が求めないのだから、無理をしてまで手にする必要はないだろうというのがミティアスの考えだった。  今回姫を伴侶にしたのも、三十年ごとにやって来る人質に興味を引かれたからに過ぎない。本当の意味での伴侶がほしくて手を上げたわけではなく、姫がどんな人物か気にすることもなかった。実際に会ったときには多少困惑したものの、稀有な瞳には十分満足している。 「だから、姫を特別に思ってるわけじゃないと思うんだよね……たぶん」  姫のことが気になるのは、これまで出会ったことのない奇妙な姫だからだ。こうして通い続けているのも、綺麗で珍しい瞳を独り占めしたいと思った結果で、伴侶だと思っているからではない。いろんな贈り物をするのは、あの瞳にもっと自分を映してほしいがための小細工で、姫の気持ちをどうこうしたいということでもなかった。  それでも最近、胸の内が妙にソワソワしたりモヤモヤしたりするのはどうしてだろうか。 「……まぁ、いいか」  ミティアスは考えることをやめた。  よくわからないことを考え続けるよりも、姫に会いに行くほうが何倍も楽しい。昔からやりたいようにやってきたのだから、いまさら自分の行動を変えようとも思わない。  そんなことを思いながら、“捕リ篭(とりかご)”への扉を開ける。 「さて、新しい燈火(ランプ)はお気に召すかな」  この日ミティアスが持ってきた硝子の燈火(ランプ)は、取り寄せるのに少しばかり時間と手間のかかる品だった。遠い海の向こうの品で、アンダリアズ王国ではあまり見かけない珍しい硝子が使われている。これならいままで以上に反応してくれるのではないかと目を付けたもので、いつもより胸を膨らませながら姫に差し出した。 「姫、新しい燈火(ランプ)ですよ」 「……」  気のせいでなければ、姫の白い頬が少し動いたように見える。ほんのわずか、赤みが増したような気もする。  感嘆の言葉はなかったものの、想像していた以上に姫の頬をほころばせることができたことにミティアスは満足した。姫の顔を見ているだけで妙に気持ちが昂ぶってくる。  そんな自分を誤魔化すように、ミティアスも硝子の燈火(ランプ)に目をやった。深い紺碧の硝子に透し模様が施された燈火(ランプ)は、明かりを灯せば見たことのない海を思わせるようで、ミティアス自身も思わず見入ってしまう。 「お気に召しましたか?」 「……はい」 「それはよかった。喜んでいただけたのであれば、僕もうれしいです」 「…………とても、きれいです」  姫の言葉に、思わず小さな顔をじっと見つめてしまった。  姫が贈り物に対して感想を口にしたのは、これが初めてだ。ミティアスは驚きのあまり、じっと燈火(ランプ)を見ている姫の横顔を見つめた。  稀有な瞳は、光を反射して紫色も淡い碧色も宝石のように輝いている。くすんだ灰色だった髪は艶を取り戻し銀色に見え始めているが、本来はもっと美しい銀糸なのだろう。かさついていた肌にも潤いが戻り、まだ肉づきが薄いながらも陶器を思わせる肌に変化しつつある。相変わらず表情は乏しいが、うっすらと紅をさしたような唇は少女らしさを見せていて、生気が戻ったようにも見えた。 (思ったより、可愛いじゃないか)  気がつけば、ミティアスの唇が姫のそれに重なっていた。 「…………なんで?」  自分でしたことなのに、間抜けな疑問が口をついて出る。  姫を見ると、燈火(ランプ)を見ていたままの瞳でこちらを見ていた。その顔には驚きも羞恥もなく、ただ起きた事象に反応して目を向けたような感じだった。  そんな姫の表情を見た瞬間、ミティアスの胸に苛立ちのようなものがふつふつと湧き上がった。ダンやシュウクにキスを見られなくてよかったと思ったのは一瞬で、すぐさまどうしようもない感情で頭がいっぱいになる。  ミティアスは怒りっぽいほうではなく、むしろ感情の振り幅は兄弟の中でもっとも小さかった。いつも笑顔で人当たりがよく、軽薄なように見えて誰にも心を許していないとは上の姉が言った言葉で、ミティアス自身もそのとおりだと思っていた。他人の言葉や行動で簡単に怒ることはなく、それは他人に興味がないということの表れでもあった。  それなのに、ただ姫が口づけに反応を示さないというだけで、カッとするほどの怒りにも似た感情を抱いてしまった。 「なんで……?」  自分の感情がよくわからない。ミティアスはひどく困惑していたが、ひとつだけはっきりわかったことがあった。  どうやら自分は、姫のことを特別だと思っているらしい。いままで体を重ねたどんな人にも抱いたことのない、強烈でどうにもならない感情を抱くようになっている。ついさっき「特別に思ってるわけじゃない」と考えたばかりなのに、あっという間に覆された。 (もしや、好きになったってことなのか……?)  自分の考えに眉をしかめた。いままで誰かを好きになったときとはあまりに違う感情に戸惑った。  これが新しい恋だと言うのなら、こんなに楽しくもうれしくもないものなのかとがっかりしてしまう。もしも愛だと言うのなら、こんな感情を抱くものなのかと気持ち悪くなる。  ミティアスは、己の抱く感情を冷静に分析していた。どうしようもないほどの苛立ちを感じながらも、頭はどこか冷静だった。そうして考え、先ほどと同じ答えにたどり着いたことに再び眉をひそめる。 「まさかとは思っていたけど」  認めたくはないが、この気持ちは間違いなく特別なものに違いない。そう結論づけたもののどうにも納得しがたく、ミティアスは大きなため息をついた。

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