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第3話 前立腺(1)(*)

 次の週、藍沢と示し合わせた颯太は、玩具の入った紙袋とともに、例のラブホへ向かった。 「アナルは濡れませんから、ローションをたっぷり使います」  先日と同じく、ものの輪郭がわかる暗さの中で、コートとジャケットを脱いで腕まくりをした藍沢に、全裸の背中を晒すのは勇気が要った。だが、藍沢が驚くほど真摯にしてくれるおかげで、颯太は次第に緊張していた身体を任せられるようになっていった。 「目、閉じて。力、入っちゃうと思いますが、なるべく脱力してください」  くち、ぬちゅ、と羞恥心を煽る音がする。視覚が遮断されると、後孔に挿入された指に意識が集中するのがわかった。 「浅いところ、どうですか?」 「どうって……言われても……わか、んな、い……っ」 「違和感?」 「ん、違和感、ある……っ、でも、あの玩具を、入れるんだし……っ、これ、くらい……っ」  既に締め切りを三日超過している。これ以上は延ばせない。シーツに顔を埋めて返答すると、藍沢は第二関節あたりまで指を入れて、括約筋をほぐしながら忠告した。 「焦らないで。力んじゃ駄目です。今週は入らなくても、ゆっくりほぐせば来週には入りますから」 「っでも、そん、なに……っ」  待てない。  そう思った時、ピリッと尾てい骨が痺れた。 「んっ……?」 「鍵咲さん? もしかして、ここ?」 「え? ぁ──……っ、ちが、そこ、やめ……っぁ、っぁ、っ……!」  それまで抱いていた違和感が、全て吹き飛ぶような衝撃が颯太を襲った。 「あっ……なに? これ、っやだ……っ!」 「ここですね? 前立腺。わかります? 俺の指を、しゃぶってるの……」 「はぁっ、や、……っ」  知らない感覚が不穏な熱となって、みるみるうちに颯太の性器に流れ込む。どっと汗が出て、不快な気さえするのに、藍沢から逃れようと膝を使って前へずり上がろうとすると、さらに中指で同じ場所を掻かれる。 「はぁ……っ! ん……! ぁ……っぁ……っ」 「……反応、してるので、きっとここですよね?」 「あ、っちが、や、な、何で……っ」  こんなの知らない。  怖い。  なのに、どこか甘美な痺れを伴っている。 「大丈夫。初めてですか? 前立腺」 「ん……っんん!」  男性の身体にも感じるポイントがあることは、知識として知ってはいたが、これほど鮮やかな快楽をもたらすものだとは、思わなかった。 「気持ちいい?」 「わ、かんな……っ」  いい。  でもだめだ。  どっちなのかわからない。  腹側の皮膚の薄いその場所を押さえられると、じわりと快楽に似た感覚が湧き上がってくる。  射精感より、ずっと重くて熱い。しかも、その熱が溜まり続けて、出口を求めてぐるぐるしている。これを出したらどうなるか、考えるだけで怖くなるような衝動だった。 「あ、だ、だめ……っ、だめ、だ、ぁ、ぁあ、ぁ……っ!」  これ以上されたら何を口走るかわからない。知らない間にシーツを掻いて、膝を曲げ、足の指を残らずぎゅっと閉じていた。

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