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第5話 「あなたがいいです」
波の高さの反動で、いたたまれない気持ちになる。
やってしまった……、と颯太はベッドに突っ伏し、しばらくの間、前後不覚になっていた。
気がつくと藍沢が玩具を抜き取ってくれていて、下肢を拭ってくれた。
「あ、藍沢くん、ごめんな。こ、こんなことに付き合わせて……。おれ、風呂入ってくるから……あ?」
ベッドサイドの藍沢に詫びた颯太は、立ち上がろうとした瞬間、ぺたんと床に座り込んでしまった。踏ん張ろうと頑張るが、バランスが取れない。
「あ、あれ……?」
「脚、立たないでしょ」
気づけば藍沢が淡々と、颯太の二の腕を持って支え起こしてくれる。
「普段使わない筋肉使いまくったら、そうなります。運ぶんで、ちょっと待っててください」
藍沢は嫌な顔ひとつせず、バスルームに湯を張りにいき、颯太を横抱きに抱えて浴槽に沈めてくれた。
「何から何まで、ほんとにごめん」
せっかくなのでと備え付けの入浴剤を入れて泡風呂にして、藍沢は颯太の背中に湯をかけて流してくれる。
「あ、嫌じゃなければ、今度お礼に何か奢るよ。食事でも、お酒でも。何がいい?」
「……あなたがいいです」
ぼそりと聞き取りづらい声がして、颯太が「ごめん、何て言った?」と問い返すと、「あ……、鍵咲さんの好物って、何ですか?」と返される。
「おれ? 刺身かな?」
「じゃ、一緒に刺身が食べたいです。美味しいやつが」
「わかった」
いい店を探しておくことで合意し、それからはどんな風にレポを書くか、話し合いながら時間が過ぎていった。
ラブホを出る頃には、すっかり日が暮れて、休憩時間を一時間半もオーバーしてしまった。颯太が清算を済ませる間、藍沢はスマートフォンを弄っていた。
「鍵咲さん、タクシー、呼びましたから」
「えっ、いいよ、そんな……!」
贅沢はできないと拒絶する颯太に、断られた方が迷惑だという顔で、藍沢はやってきた車の後部座席に颯太を押し込んだ。
「疲れたでしょうから、今日はなるべく早く寝てください。あと、もし何か気になることや、怖いことがあったら、いつでもいいので連絡ください。相談に乗りますし、対応しますから」
「あ、ありがとう」
発車間際に藍沢は乗らないのか尋ねると、「俺は歩きの方が早いので」と断られた。
「おやすみなさい」
扉が閉まる寸前に言われて、颯太も「おやすみ」と返す。
走り出した車内で、身体はまだ火照りが去らず、後孔には何かが入っているような感覚が取れなかった。
だが、藍沢に拒絶されなかったことが静かな安堵となり、颯太を心地よい放心へと誘った。
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