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第8話 目隠し(1)(*)
「ん、ん、……っ」
「鍵咲さん、大丈夫……?」
「だい、じょぶ、だけど……っ」
苦しげな呻き声が出て、藍沢が今日何度目か、手を止めた。
思うようにアナルパールが入らない。一つ目、二つ目までは上手くいったが、後孔が異物を拒絶して、それ以上深く飲み込めなかった。
これではモニター以前の問題だ。藍沢にも迷惑をかけることになる。危惧していると、颯太を抱き支えていた藍沢が「一回、抜きますね」と言った。
「え……? あ、あぁぁっ!」
ずるる、と玩具を引き抜かれた衝動で、息が上がる。あれだけ丁寧に、丹念に解されたのに、せっかくの試行錯誤が無駄になってしまうのが悔しくて、颯太はぺたんとベッドの上に座り込んだ。
「考えたんですけど」
颯太と向き合い、藍沢が小さく零した。
「やっぱり、全然触らないでアナルだけっていうのは、不健全じゃないかと思うんです」
「え……?」
「カップルでプレイする場合、玩具だけじゃないでしょ。色々試しながら、スパイスとして使う場面が多いと思うんですよね」
「つまり……、その、他に、何か、しながら……?」
具体的な解決策がぼんやりとしか浮かばないまま、藍沢は颯太を見て頷いた。
「愛撫、させてくれませんか」
「あい……ぶ?」
「はい。鍵咲さんがリラックスして気持ち良くならないと、なかなか難しいのではないかと」
「そ、そっか」
藍沢の言葉は確かに一理あると思ったが、颯太は、はたと思い至った。
「藍沢くん、嫌じゃ、ないの?」
「え?」
「あ、いや。無理してないか?」
颯太が尋ねると藍沢は眉を寄せた。
「つき合わせてるのにこんなこと言うのはアレなんだけどさ。きみの好意に甘えてる自覚はあるんだ。もし嫌だったり、ちょっとでも無理だとか思うなら……、そういうことは、お願いしないから」
それは先輩として、言っておかねばならないことだった。
颯太としては、藍沢にしてもらえるのは嬉しい。一方で、藍沢にとってこの行為がどういう意味を持つのか、考えないようにしてきた。もしも無理を強いているのなら、ブレーキをかけるのは颯太の役目だ。
しかし藍沢は沈黙のあとで、ぐしゃりと表情を曲げた。
「あなたに触れることを嫌だと思ったことなんか一度もないです。無理だと思ったことも一度もありません。付き合わされてるなんて考えたこともないです。俺が、あなたの力になりたい。それだけです」
「あ、藍沢くん……?」
「俺はそんなこと一ミリも思ってませんけど、鍵咲さんは思ってるんですか?」
一声でそこまで言い切った藍沢に、颯太は慌てて手を挙げて否定した。
「お、思ってない! 思ってないよ。でも……」
突然感情を溢れさせた藍沢に、颯太は正直、驚いた。もっとクールで、冷めているのだと思っていたら、芯は熱いのだ。
「おれは、正直、きみがしてくれるなら、いいと思ってる。でも、ほら、きみがどうなのかは……」
颯太が苦労するのは、これが仕事だからだ。でも藍沢が善意から引くに引けない場所にはまってしまっているのであれば、それを助け出すのは颯太の仕事だ。
すると藍沢は、酷く似合わない顔で自嘲した。
「……きっと俺のろくでもない噂、聞いたんでしょうね」
「藍沢くん……」
もう二年も前のことになるのに、藍沢が未だに苦しんでいるのを、その瞬間、颯太は理解してしまった。
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