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第16話 セーフワード(1)

「ひとり、って聞いたけど」  美しいが、繊細そうな野々原は、訪ねてきた颯太と藍沢を見比べて、確認を取った。  颯太よりも藍沢よりも若い。ともすると学生にさえ見える野々原は、都内のタワーマンションの一角に住んでいた。 「急にお邪魔して申し訳ありません。初めてお目にかかります。株式会社OTORIの営業部に所属しております藍沢と申します。後学のために見学させていただきたく、鍵咲に無理をお願いした次第です。邪魔になるようなことは致しません。もし、ご迷惑でしたら、終わるまで外で待っていますので」  藍沢は柔らかな口調でそこまで喋ると、なぜか仇でも見るような目で思い切り野々原を睨みつけた。  颯太は慌ててそのあとを引き取った。 「も、申し訳ありません。事前にご連絡を差し上げるべきでした。お邪魔でしたら、彼はこのまま返します」  恐縮して頭を下げると、藍沢もついてきた。  野々原はしばらく無言だったが、やがて「縛るのは貴方の方ですか?」と颯太に訊いた。 「はい……! 本日は、よろしくお願いいたします」 「……いいですよ。少しプランを変更しましょう。とりあえず、上がってください。プレイルームに案内しますから」  野々原は「ふふ」と不敵な笑みを見せ、颯太の背後にいる藍沢にも、目で挨拶をしてみせた。  プレイルームは十五畳ほどの、打ちっ放しのコンクリートが露出した壁に囲まれた部屋だった。分厚い防音扉のようなドアを開け、中に入ると、コンクリート製の壁の一面に、様々な拘束具や鞭、ディルドなどが飾られているのが見えた。何に使うのかわかるものと、わからないものが半々ぐらいずつある。 「今日は、梁を使った吊るしを考えています」  天井には可動式のフックとともに、鉄筋の梁が剥き出し状態で渡されていた。  颯太がごくりと唾を飲み込むと、「緊張していますか? いいですね」と野々原に揶揄された。 「せっかく二人できているんですから、営業の方にも参加してもらいましょうか。……藍沢さん?」 「はい。お願いします」 「えっ」  頷いた藍沢に驚いた颯太は抗議の目を向けた。藍沢は、横にいる颯太の視線をポーカーフェイスで受け止める。 「先日まではそうだったじゃないですか。それとも、野々原先生とはできて、俺とは駄目ですか」 「そういう問題じゃ……ちょっと待って」  突然の展開に、颯太は一瞬、野々原の存在を忘れた。どうして藍沢としなくちゃならないのだ、と狼狽が足元から這い上がる。

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