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第16話 セーフワード(2)

「俺は、鍵咲さんが言ったことに、納得してません。すみません……無理言ってる自覚はあります。でも、納得できないんです」 「何で……そんなこと」  藍沢の言葉に、颯太は心の芯が炙られるような気がした。 「俺がはじめたことです。最後まで責任を持っちゃいけませんか。我が儘を言っていることはわかってます。でも、どうしても……」  藍沢は、顔色のせいもあり、血気迫りすぎていて今にも倒れそうに見えた。 「もう一度だけ、機会をください。したくないって思うのは、この一回が終わってからじゃ駄目ですか? 俺は……。とにかく、他の誰かにされているあなたを、見ているだけなんて耐えられない」  藍沢の勝手な言い分に、颯太は段々、腹が立ってきた。  どれだけ藍沢を想ってきたのか。  どれだけ藍沢を諦めてきたのか。  二人だけだったら、引きずり倒して、その身体に乗りかかって、わからせてやりたい。  だいたい、今日でレポは最後なのに、今日が終わってから嫌かどうか決めろだなんて、意味がわからない。藍沢がこんな身勝手な人間だとは、思いもしなかった。 「決まりましたか?」  野々原の促す声に、もう時間がないことを知る。 「……きみ、ほんとに今日はおれ、腹立ててるからな」 「わかってます。すみません。でも……」  でも何なのだ。  時間の都合上、もう揉めることはできない。颯太は燃えるような視線で藍沢を睨みつけると、「決まりました」と野々原に宣言し、コートとジャケットを脱いだ。  胸の奥が藍沢を求めて疼く。抉れた傷を隠しながら下着一枚になると、颯太は最後に残った布地を、まるで未練を捨てるように脱ぎ去った。 「じゃ、はじめましょうか。まずセーフワードを決めましょう。プレイ中にどうしても受け入れられない、または緊急事態だと感じたら「アップル」と言ってください。「アップル」です。OK?」 「わかりました」  野々原が言うと、颯太と、なぜか藍沢もが頷いた。  次の瞬間、嬉々とした様子でロープを持った野々原が、颯太を見て鮮やかに笑った。

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