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第23話 言葉と沈黙と(1)

「藍沢くん?」  バスルームから出ると、先ほどまでいたプレイルームに出た。汚れていたはずの床はきれいにされ、颯太の苦悶の痕跡は跡形もない。 「藍沢さんならトイレですよ」  野々原が振り返り、颯太の出てきた隣りのドアを指す。その顔は少し紅潮の名残りがあり、颯太は騙されたことを思い出し、落ち着かなくなった。 「タクシー、呼びますから、少しその辺でゆっくりしていてください。今日は大変いいものを見させてもらいました。あ、使い終わった玩具は消毒してこちらに。羽付きワンドはプレゼントしますよ。何かありました折には、またご利用くださいね」  野々原は颯太に紙袋を渡すと、スマートフォンを操作しながら言った。中には持ってきた玩具と、ワンドと、名刺が一枚、入っていた。  トイレから藍沢が出てくると、そのまま挨拶をして、タクシーの止まっている一階まで二人で降りた。  外はすっかり暮れてしまい、車のテールライトが信号のたびに眩しく反射した。二人とも無言の中、やがて颯太が切り出した。 「今日は、申し訳なかったというか……、面目ない。取り乱したりして、先輩として、恥ずかしいよ」  沈黙を破り語りかけると、藍沢はチラリと颯太を見てから、視線を床に落とし、大きなため息をついた。 「そんなことは、ないです」 「そ、そうかな? はは……、でも、今日で最後になるんだよな」  颯太が無理に笑うと、藍沢は苦しげな顔をした。颯太自身を傷つける言葉が苦手だと、再三、言われたのを思い出す。膝の上で握られた小さく震える手を、颯太は取ることができないかわりに、藍沢の気持ちを和らげようと、試行錯誤した。 「……おれ、最近失恋したんだよ。だから、ちゃんと上手く乗れなくて。野々原先生にも迷惑をかけてしまった。藍沢くんにも」  だから、激しいプレイになってしまったのは、藍沢のせいではないと伝えたつもりだった。颯太を騙し、約束を破ってまで、野々原に与した藍沢を責める気持ちが、一ミリも湧いてこない。重症だな、と颯太は自嘲する。  不自然な沈黙が落ち、決意表明のように、ふと藍沢が呟いた。 「……好きな人、いるんですね」 「まあ、うん。でも、いいんだ」 「俺にも、好きな人がいます」  思い切った色をした藍沢の言葉に、颯太は青ざめていくのがわかった。両手をぎゅっと握り、努めて普通の顔をしてみせる。最後の意地だった。 「そっか……」  頷くと、藍沢はつらそうな声で尋ねた。 「誰だか訊かないんですか?」  颯太は力なく首を横に振った。 「……訊かなくても、わかるよ」  藍沢を同行させたのは、ミスだった。彼女がいるはずの人だと知っていながら、藍沢の我が儘を受け入れてしまった。それがどんな結果をもたらすか、考えないままにだ。

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