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第23話 言葉と沈黙と(2)

「藍沢くん、好きな人がいるんだな。なのに付き合わせて、本当に悪かった。ごめん。きみが怒るのもわかるよ。おれの意志が弱いせいで、きみに迷惑ばかりかけて……」  一旦言葉を切ると、藍沢が口を利こうととするのを遮り、颯太は努めて声を張った。 「でも、今日でそれも終わりだ。あと十日で第一弾の予約用カートが開くし、それまであと一息ってところまでこれた。きみのおかげだ。本当に感謝してるよ。あの時、声をかけてくれてありがとう」  どんなに疎まれようとも、藍沢に助けられたのは事実だ。袖口に縄の痕が見えて、せめてこれが消えるまでは、藍沢を好きでいてもいいだろうか、と思う。 「鍵咲さん。俺、移動の内示が出たんです」  藍沢の声に、颯太は打ちのめされまいと腹に力を入れた。 「もしかして、時間取れなくなる?」 「わかりません。というか、何も聞いていないんですか?」 「おれ?」 「いや……。聞いていないのなら、いいです」  目を伏せた藍沢を横に見て、颯太はここ最近の自分の勤務態度を反省した。藍沢への不慣れな恋情を持て余し、元々疎い社内政治にアンテナを張り巡らせておくことを怠っていた。こんなことも知らないのかと、失望させたかな、と思った。 「そっか……そうだな。頑張って。栄転なんだろ? 良かったな。おめでとう」  いたたまれなくなって、颯太はわざと明るい声を出した。 「大丈夫だよ。おれならひとりでも。藍沢くんも新しい部署に移動しても、元気で。今まで本当にありがとう。最後の最後まで迷惑をかけてしまって、申し訳なかったよ」  心がひしゃげて、最後の方は早口でまくし立てるようになってしまった。続く藍沢の反応が怖くて、颯太は急いで運転席に声をかけた。 「運転手さん、次の信号の手前で止まってください」 「鍵咲さん……?」 「ここから先は、裏道だから、ここで。じゃ、またいつか」  本降りになりつつある雨に打たれながら、颯太は鞄と紙袋を抱え、素早く停車したタクシーから降りた。  車がいくのを見届ける前に、振り返らずに細い一通になっている道を折れた。  移動の内示。  多分海外だろう。花形部署だ。  はっきりとは言われなかったが、別れを仄めかされたのだろう。  今日の行為が最後の想い出になるのだと思うと、せめて痕がついたことを、宝物のように思う。  颯太はマンションの入り口まで小走りに駆けてゆくと、中に入るなり崩れ落ちるようにして、泣いた。

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