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第24話 副社長・大鳥弦一郎(1)

「もう少しエモーショナルに書いてもいいと思うな。どちらにせよ、これでは以前のものと内容が被りすぎていて、出せないよ」  課長の美馬坂のチェックが入り、戻された最後のレポの叩き台を手に、颯太は「もう一度、書き直してきます」と頭を下げた。  藍沢にチェックを依頼せずに書いた、二度目のレポだった。これが自分の実力なのだとあらためて思い知る。  あれから藍沢とは逢っていない。出張が続いていて、引き継ぎに忙しいらしいとの噂が流れてきたが、颯太はなるべく情報を入れないようにしていた。  席に戻ると製造部から内線が掛かってきていて、電話を取ると同時に、フロアの入り口の方がざわついたのでそちらに目をやる。  副社長の弦一郎が歩いてくるのを横目に見ながら、颯太はパッケージの配色に関する打ち合わせ事項を再度確認し、電話を切った。  美馬坂が立ち上がり、弦一郎としばらく雑談したあとで、颯太が呼ばれた。彼らは創業時からのメンバーらしく、仲が良い。 「きみが鍵咲くん? ちょっといいかな。会議室にいこう。少し個人的なことなんだ」 「はい」  弦一郎に言われ、美馬坂を見ると、何の件やら把握していないが、こうなったら止められないのだという顔をしていた。  空いている会議スペースへ入ると、対面の席を勧められた。株式会社OTORIは全面ガラス張りのオフィスを採用しており、防音こそしっかりしているものの、会議室も外から誰が何人で使用しているのか、全部わかるつくりになっている。  これは、一説によると性具を扱う会社だから、余計なセクハラやパワハラ防止のためだと聞いたことがある。  颯太が椅子に座ると、弦一郎は機嫌が良さそうに頷いた。 「男性用ジョイトイ開発のチームリーダーだそうだね? 頑張っていることは伝え聞いているよ。きみは、私が兄と会社を立ち上げた時と、ちょうど同い年だ」 「はい。チームのサポートがあるので、彼らの力も大きいと思います」 「そうか。何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。一応、発案だけは私なのでね。しかし、ここまできちんとプロジェクトが回るとは、正直最初は半信半疑だった。一言、お礼を言わせてくれるか」  まだ第一弾のアナルプラグのカートが開いていないのに、過分な褒め言葉だと思ったが、颯太は素直に頷いた。 「ありがとうございます。でも、まだリリースまで時間がありますし、蓋を開けてみるまでは、わからないですから……」 「うん、そうだね。でも手応えはかなりある。きみが主導して、開発日誌を書いてるんだって? 聞いたよ。読んでもみたけれど、あれは本当によく書かれている。ライターに外部発注をかけたわけじゃないんだろ?」 「はい。土台になる文章を、モニターからわたしが聞き取り、それを、プロモーション部の人間が形にしています」  答えながら、颯太はいったい何の尋問だろう、と考えた。弦一郎がここまで詳細を把握しているのも珍しいと思うが、何か問題でも起きたのだろうか、と不安になる。 「そうか。よくやってくれたね。予算も時間も限られた中で、いいものをつくるのは、非常に難しい。幾つか試作品を見たけれど、なかなか楽しくなるようなデザインだな。プロモーション部は誰が担当だったかな?」 「直接の窓口になっているのは、朝田です」 「その朝田くん以外とは、やり取りは?」 「いえ……打ち合わせや相談などは、頻繁に行ってますが……」  困惑が顔に出たようだった。弦一郎は後頭部を掻くと、うーん、と唸った。 「あの、何か問題が発生したのでしょうか……?」  藪蛇かもしれなかったが、気になって颯太が質すと、弦一郎の表情が、一瞬、切れ味のいい刃物の色に光った気がした。

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