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第25話 覚悟(1)
冷や汗を両手で握ったまま、颯太は素早く弦一郎の背後を確認した。仏頂面の藍沢がすたすたとこちらへ歩いてくるのが見える。
「おれ、……いや、これは、わたし、が、あの……」
「うん」
焦れば焦るほど、言葉が出てこなくなる。最悪の状況を予測した颯太は、藍沢に「こっちにくるな」と目で合図を送ったつもりだったが、まるで届いていないようだった。
それどころか、きて欲しくない時に限って一直線に颯太の方へと藍沢が向かってくる。
「これは……その、わたしが、個人的に頼んだものでして、わたしの……個人的な交友関係によるもので……ですから」
これ以上は誤魔化せない。
弦一郎は眸を煌めかせて颯太の言葉を聞いている。藍沢は栄転が近いはずだ。何があっても藍沢のことは守りきらなければ、と颯太はひとつの決断をした。
「社外の誰かに頼んでる、ってことかな?」
弦一郎は、ひとつひとつ可能性を潰してくる。逃げきれないように、穏やかに畳み掛けられては、高圧的に出られるより始末が悪い。
「すみません。それは、いくら副社長でも教えられません。約束がありますので。誰にも口外しないという、彼との約束が……」
「彼? 彼らではなく?」
「はい。彼です」
これで颯太の出世の道は断たれた。
レポの当人のうちのひとりが颯太であることを仄めかすことで、好奇心を引っ込めてくれないだろうか、と祈る気持ちだった。
「うーん……」
「あの、そういうことですので、これ以上はご勘弁いただけないでしょうか」
きっぱりそう区切ると同時に、藍沢がノックもそこそこに会議室へ入ってきた。
「弦一郎副社長」
「おう、藍沢。お前、最近元気ないなぁ。どうかしたのか? この間の件だよな? 決心付いたか?」
のんびりした弦一郎の口調に対し、藍沢は猜疑心を剥き出しに睨んできた。
「鍵咲先輩と、何のお話ですか?」
「あ、藍沢くん、今はちょっと……。取り込み中だから、遠慮してくれないかな?」
颯太は慌てて藍沢に頼んだ。きっと颯太が余計なことを言わないか、心配なのだろうが、誓って藍沢とのことを漏らすことはしないと唇を引き結ぶ。
「副社長自らくるってことは、何かコンプライアンス的な問題でも? 男性用ジョイトイの件でしたら俺も噛んでいるので、教えていただけないでしょうか?」
何を言い出すのかと颯太が藍沢を振り返ると、弦一郎は踏ん反り返ってニヤッと笑った。
「ん? 秘密」
「秘密……?」
藍沢は不機嫌に眉を寄せ、弦一郎と颯太を見比べた。もうどんな顔色をしたらいいのか、颯太はわからなかった。
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