48 / 70
第26話 「きみが好きなんだ」(1)
全く何をしてくれるんだと颯太は寿命が縮んだが、周囲からは、副社長の弦一郎がわざわざ激励にきたのだと受け取られたようだった。
「藍沢くん……」
二人きりになった途端、颯太は藍沢を恨めしそうに振り返った。
「何も正直に言わなくたって、良かったんじゃ……」
弦一郎は建前上、ああ言ったが、出世に響いたらどうするんだ、と颯太はまだ心配だった。
「ここだけの話、あの人、同性愛者なんですよ。知らない人の方が社内ではまだ多いみたいですけど」
「え、そうなの?」
颯太が顔を上げると、藍沢は苦いものを噛んだような表情をした。
「誰かパートナーがいるかもしれないんですが、鍵咲さん、気をつけた方がいいですよ。あんな記事書いて、狙われたらどうするんですか」
「まさか……」
自分のような個性のぼやけた人間を、弦一郎のような人が恋愛対象にするとは考え難い、と颯太は思う。
だが、藍沢は疲れた様子でため息を漏らした。
「俺は、そのまさかを心配したんですが……」
そういえば、野々原の元で最後に逢って以来、何日も口を利いていなかった。メッセージのやり取りもしなくなったし、食事の約束もせず、互いに忙しさを理由に避け合うようになっていた。颯太は、気持ちが抑えられなくなるのが怖くて、逢いたいと言うことすらできなかったし、用事もないのに藍沢に連絡を取ってもいいものなのか、判断がつかなかった。
でも藍沢は、颯太を助けにきてくれたのだ。
「……ありがとう。心配してくれたんだね。いつも、ごめん」
じわりと心が温かくなる。
「それはそうと、副社長にはあとでちゃんと言っておいた方がいいよ。おれたちが恋愛関係にあるわけじゃないこと。あの人、何か、ガチで誤解してるみたいだったし。なんなら、おれが言っておくよ」
藍沢は、弦一郎の手前、颯太との関係を社内恋愛と言った。彼女がいる藍沢が、誤解されたまま、颯太と噂になったら困るだろう。
もう逢う機会も減るはずだ。
その前に、できることはちゃんとしておきたかった。
ともだちにシェアしよう!