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第27話 カート解放まで、あと3日(1)

「ごめん、遅くなって」 「いいよ。忙しいのはお互い様」  颯太が喫茶店に入ると、麹町で輸入業を営んでいる知り合いが、「元気だった?」と笑みを浮かべて席を勧めてくれる。颯太が時々、行きつけにしているバーで知り合った、数少ない同性愛者の知り合いで、その隣りには、整った目鼻立ちの彫りの深い顔立ちの男性が、もう一人、いた。 「彼、総合商社の人。新しく付き合うことになったんだ。それで、紹介したくてさ」 「へぇ、おめでとう。鍵咲と申します」  知り合いの隣りの男性に颯太が頭を下げると、相手も同じように「どうぞよろしく」と会釈する。  今回、彼らに逢ったのは、玩具の使用感に関するレポの充実をはかるためだった。今までレポをするのは、藍沢と颯太の一組だけだったが、発売と同時に一般にも感想の募集をかけ、体験談を増やしていこうということになったのだ。麹町の知り合いに、断られるのを承知で無茶振りしてみたところ、ちょうど付き合いはじめた彼氏がいるので、と快くモニターを引き受けてくれることになった。 「で、何をすればいいの?」 「あ、うん。その前に、無償になっちゃうけど、いいかな?」 「かまわないよ。こういう体験ってなかなかできないし、興味あるんだよね。玩具もだけど、レポに書かれるのも楽しそう」  二人が乗り気でいてくれることに安心した颯太が、細かい話を詰めようと身を乗り出した時だった。  店のドアを開けてやってきた男が、颯太のすぐ脇に立ち、鋭い声を発した。 「鍵咲さん……!」 「えっ……?」  落とされた照明の適度な暗がりの中、突然名を呼ばれて振り返ると、藍沢が、走ってきたのか、息を弾ませて立っていた。 「すみません。この人のこと、ちょっと借ります」  いきなり現れた藍沢は、颯太の手首をもぎ取るように引いた。「かまいませんけど……」と頷いた知り合いから引き剥がすようにして、店内中の怪しげな視線を引き受けながら、藍沢は颯太を店の外へ連れ出した。 「ちょっと……ちょっと待ったっ、藍沢くん!」  店を飛び出し歩き出した藍沢に、颯太は初めて逆らった。適当にある路地の裏側まで連れてこられると、やっと藍沢が颯太と向き合う。  目が合うだけで、颯太の心臓は跳ねた。 「ど、どうしたの? おれ、一応まだ仕事中なんだけど……。その前に、どうしてここに」  忘れ物でもしたのだろうか、と訝しんだ颯太の行く手を遮り、藍沢はビルの壁に片手を突いて阻んだ。

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