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第27話 カート解放まで、あと3日(2)

「さっき鍵咲さんが対応した電話の内容が聞こえたので、グーグルマップで検索かけました。この店で合ってて良かったです」 「それ、盗み聞きって言うんじゃ……」  颯太が言うと、藍沢は激昂した。 「盗み聞きもしますよ……! 勝手に自己完結して……っ」  藍沢の顔を見た颯太は、一瞬、怯んだ。  目尻を朱く染め、藍沢は今にも泣き出しそうな表情をしていた。逡巡、混乱、嫉妬、後悔。そんなものが滲んでいた。 「ちゃんと説明してください……! あんなこと言われて、はいそうですかって流せるほど、俺は大人じゃありません……! 平気であなたを手放せるほど、人間できてません……!」  ビルの壁に突いた手を、藍沢はぎゅっと握り込んだ。 「どうしてそんなに鈍いんだ……天然にもほどがあります。しかも後ろ向きだし」 「え、えっ、あの……」 「俺、あなたが、好きなんです。鍵咲さん」  藍沢の声が鼓膜に届いた瞬間、颯太は頭が真っ白になり、動きを止めた。 「え……?」  藍沢はもう今日で何度目になるかわからない、深いため息をついた。 「最初にあなたの相手をした時、一緒の車に乗れないほど興奮しました。次も、その次も、回を重ねるごとに惹かれていって……、でも今、鍵咲さんを襲ったりしたら、きっと気持ちを踏みにじることになる。だから我慢してました。ずっと」  興奮?  我慢?  次第に低いトーンに落ち着いた藍沢の声を聞いて、颯太は少し身震いした。 「鍵咲さんが野々原先生を選んだ時、ぶっちゃけ、凄く嫉妬しました。別に雛形のこととか、仕事のこととか、どうでもいい。でも、あんな風に乱れたくせに、俺を選んでくれなかったあなたが、憎らしくて。それで、内緒で野々原先生と繋がってみたら、他に誰か意中の相手がいるのでは、と揶揄われて……、そんなわけあるかって、あなたに、酷いことを……」 「ま、待って……だって……、きみ、好きな人が……」 「あなたですよ」 「いや、でも……」 「あなた以外に誰もいません。鍵咲さんが、好きなんです」  藍沢の真摯な声に、颯太は次第に目眩がし出した。藍沢はいつものポーカーフェイスを脱ぎ捨てて、颯太の行く手を遮っている。ビルの壁に突かれた拳が、小さく震えていることに気づき、やっと颯太は藍沢が、ふざけているわけではないのだと、悟った。 「俺が、鍵咲さんを好きだったら、迷惑ですか」  藍沢は静かに囁いた。 「好きな人がいるって、失恋したって言いましたよね? それ、誰ですか?」 「それは……きみ、だけど……」 「俺は一度もあなたに気持ちをぶつけられたことがないです。振った記憶もないですよ」 「だってきみ……っ、……ごめん」  俯いた颯太を、藍沢は壁に突いていた腕でそっと縋るように抱きしめた。酩酊を感じた颯太は、無意識のうちにその背中に手を回した。温かい。 「──あなたの好きって、こういう解釈で、いいんですよね……?」 「……うん……」  藍沢に抱き寄せられ、颯太はくらくらしながら頷いた。それで、ずっと藍沢の温もりに飢えていたことが自覚できた。 「いつから、俺が好きなんて……」  颯太は、ごくりと唾を飲み込んだ。必死に追いかけてきてくれた藍沢には、説明する義務がある。

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