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第27話 カート解放まで、あと3日(3)
「正確には……わからないけど、二人で色々するようになってからは、ずっと意識してたと思う。だから、きみに別に相手がいることがわかって、苦しくなって、野々原先生に頼むって口実付けて、逃げたんだ」
「相手?」
「うん……ごめん」
颯太は藍沢とカフェテリアで背中合わせになり、会話を聞いてしまったことを告白した。
「あれ、聞いてたんですか……」
すると藍沢は腕を緩め、少し耳を朱く染めた。
「おれ、初めてで。きみがおれに、彼女はいない、って偽ってまで付き合ってくれるのが、嬉しかったし、怖かった。自分が変わっていくのがわかるから。だから、もうやめようと思ったんだ」
本当は、こうして藍沢と本音を話したいと、ずっと思ってきた。藍沢は再び、ぎゅ、と回した腕に力を込めた。
「それに、きみ、おれとしたあと、トイレで吐いてたよね? もうすぐ転勤もするんだろ。おれは、だから、気持ちに区切りをつけようと思っただけで……」
見返りを求めたわけじゃない、と言う颯太に、藍沢は苛立たしげに吐き捨てた。
「どうしてそうなるんです」
「ど、うって……」
颯太が怯むと、藍沢は唇を噛んで悔しそうに頭を下げた。
「何というか……ボタン、掛け違ってますよ、俺たち」
「え?」
藍沢は、絞り出すように声を上げた。
「トイレにいってたのは吐いていたわけじゃなくて……あなたにあてられて、ひとりで抜いてたんです」
「え……っ?」
「好きな人がいるって言ったのは、鍵咲さんにそれとなく告白したつもりだったんですが、主語が曖昧で勘違いさせたみたいで……すみません」
「あ……」
「あなたが俺を好きになる前から、俺はあなたに興味がありました。近づいてみて、いいなって思って、触ってみたら可愛くて、いつの間にか……、たぶん、俺の方が好きになるのは、先だったと思います」
藍沢は吐き出すと、抱擁を解き、スマートフォンを取り出した。
「俺とのこと、覚えてませんか?」
画面をタップしたりスワイプしながら、藍沢は一枚の写真を颯太に見せた。
「これ……」
そこには二年前ほど前の颯太と藍沢が、一緒に写っていた。藍沢はそれを颯太にかざすと「きっとあなたは覚えてないと思いました」と切なげに自嘲した。
「おれ……と何か、あった?」
恐るおそる颯太は尋ねた。何かが小骨のように喉に引っかかっている。
「ありました。俺に、忘れられないようなことを、あなたはしました」
確信を持って断定され、颯太は記憶を辿ったが、わからなかった。逆に、考えるほど、藍沢に迷惑をかける行動ばかりしたような気がする。
藍沢はため息をつき「この時、俺、どん底だったんです」と呟いた。
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