56 / 70

第29話 「エッチ、嫌いじゃないんですね」(1)

 話が済んだ颯太と藍沢は、一度、喫茶店に戻った。  しかし、待たせてしまった知り合いの二人は、結局、レポの話を詳しく聞かないまま、帰ってしまっていた。颯太が謝罪のメッセージを送ると、また今度逢った時に、という暇乞いの返信が返ってきた。 「時間、過ぎちゃいましたね」  喫茶店を出ると、藍沢が、そっと颯太に身を寄せてきた。 「きみの気持ちがわからないわけじゃないと思うけど、彼らにもレポを頼むことになったんだよ。別におれと三人でするわけじゃないからね?」 「当たり前です。それなら俺も混ざります」  そういう話じゃないと思うのだが、藍沢が変に真剣なことが、颯太は若干、嬉しかった。 「あのさ。おれの家、くる……?」 「え?」  呟いた颯太に、藍沢がぎょっとした表情をする。  その顔に、颯太は慌てて、何を否定するつもりかわからないまま、否定した。 「あ、いや……っ、その、別に変な意味じゃなくて……っ。きみ、に、おれのこと、ちゃんと、もっと、知ってもらいたい、し……」  言い訳がましく理由をひねり出そうとして、次第に語尾が小さくなってゆく。友だちなら、これが最適解だと思うが、恋をした人と親しく付き合うなんて初めてのことで、さじ加減がわからなかった。  慎みがないと思われただろうか。  でも藍沢を感じたい。  辞令が出たら忙しくなるであろう藍沢と、できるうちに少しでも長く傍にいたい。話をするだけでも良かったが、正直に言えば欲がないわけでもなかった。  重いだろうか。それとも、藍沢は違うのだろうか。ぐるぐる悩んでいると、藍沢が颯太に指を絡めてきた。アスファルトを踏んで、二人で大通りへと歩き出す。 「颯太さんて、エッチ、嫌いじゃないんですね」 「……っ」  耳元で囁かれると、体温が上がった。 「ポイント高いですよ、それ。エロい人だなって、最初に触った時から思ってましたけど」 「な、んだよ、それ……っ」  エッチだのエロいだの、褒めてるつもりなのだろうか。恥ずかしくて少しも嬉しくない。せっかくできた好きな人に、そんな風に思われて、颯太は胸が痛くなった。 「図星でした……?」  唇を噛み締め、涙を堪えている颯太に、藍沢は囁く。もしかして、素の藍沢は、少しSっ気があるのだろうか、と颯太は野々原のプレイルームでした時のことを思い出す。

ともだちにシェアしよう!