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第28話 二年前(3)
「……いいんだよ。きみがせっかく色々工夫してくれたのに、ちゃんと感謝もせずに逃げたのは、おれの方だ。なのに、副社長に問い詰められて、困ってたおれを助けてくれた。プレイルームでは、ちょっとびっくりしたけど、その、正直、気持ち……良かった、から……」
颯太のために雛形までつくり協力してくれていた藍沢の気持ちを、自分勝手な理由で踏みにじるような真似をしてしまったのだ。誤解が解けてみれば、なんと愚かだったことだろう。
「俺のこと、嫌いになりましたか……?」
藍沢が、不意に尋ねた。不安で、足りなくて、欲しくて、でもまっすぐに手を伸ばせない。藍沢は、ずっと葛藤していた。颯太と同じように。
「嫌いじゃない。好きだよ」
どこにいても、別れて離れ離れになっても、幸せを希うぐらいには、藍沢のことが好きだ。
「本当に……? 幻滅しませんか? 気持ち悪くないですか?」
「気持ち悪いと思ったことなんか、一度もないよ。きみが言ったんだろ?」
「でも……」
藍沢は叱られた犬みたいに、ひょろりと高い背中を猫背に曲げて反省した。
「きみが言ったんだ。自分を傷つけるようなことを言わないでください、って。おれも、きみが自分を傷つけるようなことを言うの、嫌なんだ」
どうしてそんな風に言えるのか、今なら答えられる。
藍沢のことを、好きだからだ。
「おれ、白状すると、きみが初恋なんだ」
ずっと前から、欲しいと思っていた。手に入らないと思っていた。それは颯太が自分をネガティヴに否定し続けてきたからだ。
「勘違いして、気づかなくてごめん。おれなんか、とか言ったりして、考えて、ごめん。おれ、あんまり自分を肯定するの、得意じゃないんだけど、それでも……」
でも、藍沢は颯太に真摯な気持ちをくれた。颯太の性向と合致して、向き合ってくれる藍沢みたいな人に出逢える機会なんて、そんなには、多くないだろう。
「きみを尊敬してる。藍沢くんが、好きだ」
好きというのが許されるなら、相沢の傍にいたい。
そう、強く颯太は思った。
「白状すると、あなたが好きです。初恋よりも、うんとずっと。一番、大好きです。後ろ向きでも、変に鈍くても、そんなところも好きです。それで、あの、ずっと言おうと思ってたんですが……」
「うん……?」
躊躇いがちな藍沢を、頷いて促すと、迷いながらもまっすぐな言葉が、颯太に向けられた。
「あなたの初めてを、俺にください」
頷く颯太に、藍沢は花が咲くように笑った。
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