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第28話 二年前(2)

「あなたの態度は俺を救ったんです。社内がゴシップ好きの敵ばかりだと勘違いしていた俺が、自然体に戻れたのは、鍵咲さんのおかげです」 「そ、う、だったのか……」  だから最初の挨拶が「よく逢いますね」だったのか、と颯太は相槌を打ちながら、懐かしく当時を思い返した。 「あの時、鍵咲さんに声をかけてもらったから、今の俺があります。ずっと、お礼を言わなきゃと思ってました。だから、あなたの力になりたかった。全然実践できてませんが、あなたの望むような、「藍沢」でいたいと思ってきたんです。それと」  一旦言葉を切った藍沢は、すぐに続けた。 「あのカフェテリアで話してたのは、あなたのことです。繰り返しますけど、俺は、あなたのことが、好きです」  胸の奥が疼く。藍沢の声が甘く掠れるのを聞きながら、颯太は心臓がもたない気がした。 「きみ、でも、垣谷さんは、女性だけど、おれは……」  思い切って疑問をぶつけると、藍沢は「そこから、ですよね」と独り言を漏らした。 「俺は、同性愛者寄りのバイセクなんです。好きになる相手が、女性だったり、男性だったり。実生活では説明が面倒なので、斎賀には、あなたのことを女性と偽って話してました。もちろん、素性は伏せてありますから、俺たちのことを本当に知っているのは副社長ぐらいですが……」  そして、その会話が颯太の耳に入ってしまったゆえの、壮大な誤解が生まれたのだった。 「斎賀に話してたのは……、聞いてたのなら、わかりますよね? あなたが靡いてくれる様子がないので、悩んでたんです。俺は、浮気もしてませんし、目移りもしてません。相手がいないからあなたに志願しましたが、その前から本当はずっと、鍵咲さんを見てました」  そう言い切ると、藍沢は耳を朱くした。 「野々原先生に嫉妬しましたし、副社長にも、嫉妬しました。俺に靡いてくれないのは、なぜだろうって……、自分の中で気持ちを消化できなくて、あなたに、酷いことを」  野々原のプレイルームでの一件だと、すぐに颯太は気づいた。確かにあの時の藍沢は、少し変だったと思う。 「謝らなければならないのは、俺の方です。あんなことをしておいて、俺は、あなたに興奮した。あなたのことが、どうしても、どんなになっても、諦め切れなくて、あとでめちゃくちゃ後悔しました。……ごめんなさい」  首を振る颯太の前で、藍沢は唇を引き結び、頭を垂れた。真っ黒だったオセロの盤面が、手を打つたびに白く引っくり返ってゆく。

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