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第29話 「エッチ、嫌いじゃないんですね」(2)

 それでも、相手が藍沢なら、痛みが甘く変化することも、知っていた。 「……別に」  息をしているのもつらいほどの羞恥心に、颯太が立ち止まると、藍沢は笑みを浮かべながら、ちょっと困った顔をした。 「俺があなたをどれだけめちゃくちゃにしたいと思ってるか、伝わればいいんですけど」 「伝わってると思う。ていうか、もう今ので心がぐちゃぐちゃだし」 「どれほどあなたが欲しくているかも、ちゃんと伝わってますか?」 「……それは、わから、ない」  恋人繋ぎに絡められた指を、前後にふらり、ふらりと振られて、颯太は「ここ、一応公道だけど……」と拗ねた声で呟いた。本当は、公道だろうとどこだろうと、今すぐ触れたいし、ずっと一緒にいたい。でも、それが我が儘だという自覚もあった。 「──プライベートだから、玩具はなしで?」 「……うん」  符丁のように言われて、颯太が頷いた時、藍沢も、少し声が震えていることに気づいた。 「正直……こんなに好きになった人とするの、初めてなんで、どうなるかわからないんですけど。……失敗しても、颯太さん、笑わないでくださいね?」  そう言って、藍沢は颯太に視線を移した。見返すと、まるで獣が欲情するような色を帯びた双眸が、颯太を射抜いた。 「ん……」 「暴走するかもしれませんけど、許してくれますか?」  見つめ合い、颯太は、藍沢もまた極度に緊張しているのだと気づく。 「野々原さんとこで言ったろ。きみがいいなら、おれは、何でもいいよ」  颯太が呟くと、藍沢はぱっと耳を朱くした。 「……っそういうところ」 「え?」 「普段わりと後ろ向きなのに、突然、前向きになるの狡いです。全然NGなしだと俺、本当に酷いことしちゃいますよ……っ」  藍沢は、手を挙げてタクシーを止めると、颯太を後部座席に押し込み、自分も乗り込んだ。 「俺は、あなたがいいんです。今日はもう、なしだっていうの、なしですからね」  颯太に言い聞かせた藍沢は、車のドアが閉められてから、再び絡めた指を離そうとはしなかった。

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