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第32話 カート解放まで、あと1日(1)
月曜日の朝、男性用ジョイトイの通販用カート解放直前の、最後のレポを仕上げるべく、颯太は少し早めに出社した。
藍沢が同じく早出してきていて、颯太のフロアにふと顔を出したので、レポについての意見を聞いていると、ふらりと副社長の弦一郎が現れた。
「おう、早いな。きみたち。それ「開発日誌」か?」
「あっ、はい」
颯太が振り返り「おはようございます」と挨拶すると、藍沢が遮るように身体を翻した。
「部外者には見せられません。あとで更新されるのを待ってください」
「酷いな、藍沢。わたし、これでも男性用ジョイトイの発案者なんだからねっ! 別に早く読みたいとかそんなこと思ったわけじゃないし……!」
拒絶された弦一郎は、ぷい、といつもの威厳を捨て去ると、ツンデレて、笑った。
「それはそうと、藍沢、荷物は?」
「これが終わったら降ろします。上の机は片付けましたから、いつでも移動可能ですが……、副社長、周知徹底していないのでは?」
何の話かイマイチ見えなかった颯太だが、近く藍沢が移動することになっていたのを思い出す。その算段だろうか。
弦一郎は、頬を掻いて、気まずそうに零した。
「あー、うん。その旨、メールで伝達しようと思って早くきたんだった。またあとでな」
弦一郎が手を振って去ると、藍沢は颯太と一緒に、再び机に向かった。レポは仕上がり、藍沢のチェックを待っている。それが終わったら、出社してきた美馬坂に確認をもらい、プロモーション部の朝田に届けて一段落だった。
月曜日は朝礼があり、そのあとに定例会議が開かれる。月初は経営会議もあり、社内はわりと忙しない。
「藍沢くん、あのさ。忙しいだろうから、あとはおれがやるよ。自分の仕事、あるんだろ? そっち優先して」
颯太が促すと、藍沢はにべもなく首を振った。
「鍵咲さんと俺がくっつく、最初で最後の記念の大イベントレポなんですから、ちゃんと最後まで見届けさせてください」
こんなの、一生に一度なんだし、と力が入る様子が、まるで初めてピッチャーを任された野球少年のようだ。
そんなのいいのに、と半分は照れ隠しに思ってしまう颯太だが、藍沢の真摯な態度に水を差すのも憚られたので、ありがたく甘えることにした。
「わかった。これで最後だから、誤字脱字だけ、チェックお願いするよ」
「はい」
ラップトップの画面を藍沢に向け、颯太はふと、社内広報がメールで発信されているのに気づいた。
(これ、さっき副社長が言ってたやつか……?)
開いてみると、いつもの社長の短い訓示のあとに、弦一郎の言い訳めいた長文が続き、その中に「藍沢隼人」と名前があるのが目に止まった。
(えっ……?)
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