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第13話 「本気で好きなんだ」(2)
同時に昼食目当ての第一波がやっときて、お偉方の一人が、藍沢の席の前で足を止めた。
「お、藍沢。あの件、考えてくれたか? もうそろそろ待てないぞ?」
「副社長……」
「藍沢くん、できるからねぇ。大変だろうけど、頑張ってね」
「専務。ありがとうございます。副社長、例の件についてはもう少し、時間をください」
「少なくともジョイトイのカートが開くまでには返事をくれよ? でないとお前が大変だぞ」
「はい」
副社長と専務は、そのままジョイトイの話をしながら、別の席についたようだった。
斎賀が「例の件?」と水を向けたが、「ちょっとな」と藍沢ははっきりしない返事を返す。
「それで? その冷たい彼女とは、どうするんだ?」
「もちろん、諦めない。わかってもらうまで、まだやることがあるし。……本気で好きなんだ」
(──っ……)
刹那、颯太は呼吸ができなくなった。斎賀の揶揄う声に、鼓膜がぐわんぐわんして、頭痛がしてくる。
『好きなんだ』
……誰を?
藍沢の告白を聞いてしまった颯太は、第二波がやってくると同時に、逃げるように席を立った。
自席に戻って仕事をするふりをしながら、食べそびれた昼食のことを考える。盗み聞きしてしまった会話がぐるぐると脳裏を占拠し、心を暗く蝕みはじめる。入ってきた単語をひたすら反芻することしかできなくて、颯太は幾度もそれを繰り返した挙句、脱力して、ぽつりと呟いた。
「……そうだよな」
あんなに格好いいのに、相手がいないわけないじゃないか。
藍沢とは、仕事の付き合いの延長線上で、少しいかがわしいことをしているだけだ。最初に颯太に対して相手がいないと言ったのは、きっと安心させるための嘘だったのだろう。最中の藍沢が冷静で事務的なのも、それで説明がつく。意中の女性がいるのなら、颯太をそういう目では見ないし、触れても、たぶん何も感じないのだ。
なのに、颯太はもしかしたら、万が一にも可能性があるんじゃないかと舞い上がってしまった。
そんな日は、永遠にこない。
(──おれは、馬鹿だ)
涙も流せないまま放心する。
等身大の失恋は、甘さの欠片もなかった。
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