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第20話 裏切り者は涙を流さない(2)(*)

 こんなに酷いことをされているのに、身体はただ、藍沢を希求している。心がそうであるように、藍沢のことが好きだ。  野々原が弾む声で、颯太に耳打ちする。 「想像以上です。鍵咲さん。藍沢さんからご連絡いただいて以来、どれほど今日を心待ちにしたことか。あなたがたのプレイに混ぜていただけて、僕は本当に嬉しいです」 「え……?」  その言葉に颯太が顔色を変えると、野々原の微かに笑む気配がした。 「今、何て……?」 「鍵咲さんからご連絡をいただいたあとに、藍沢さんからも問い合わせがあったんです。知らなかったですか? あなたを、僕と二人で虐めたい、というご要望でしたので、てっきりご存知かと」 「な……」 「嫌になったら、「アップル」ですよ」  野々原はしつこいほど強調しながら、颯太の顔色の変化を楽しんでいるようだった。  藍沢を仰ぐと、黒い眸は揺れることなく、ただ颯太を凝視していた。 「嘘、だよね……? 藍沢くん、が、おれを、騙し、た……?」  今の話が本当ならば、藍沢は今日、最初から颯太を謀っていたことになる。颯太が明かした情報から野々原を割り出し、接触し、事前に颯太とプレイしたい、と希望を伝えたのだろうか。もしかすると、颯太が丸投げにしたプランにも、ある程度関わっている可能性もある。  颯太の問いに、藍沢は昏く笑った。 「たぶん、鍵咲さんの想像する通りです。あなたから野々原先生の名前を聞いたので、探して、本人に連絡を取りました。あとは、当日、あなたに頼んで、プレイルームに入れてもらった」 「なんで……、ど……して……っ」  静かに告白する藍沢に、颯太は目を瞠った。 「……わかりませんか?」  わからない。  そんなに颯太のことが、こんなことをして辱めたいほど、嫌いなのだろうか。  藍沢は混乱する颯太の視線を、凪のような眸で受け止め、自嘲した。 「俺はあなたのためなら、いくらでも意地悪になれるんです。……だから、俺を欲しがってください」 「……っ」  裏切られた。  嵌められた。  これはそういうことなのだろうか。  だが、なぜわざわざ藍沢がそんなことをするのか、颯太には理解できなかった。  野々原が背後から囁く。 「僕と藍沢さんの間にはコンセンサスが存在します。あなたを快楽堕ちさせるという目的のために。より深い絶望と快楽を味わっていただくために、二人で考えたプランです。凄いでしょう? 嫌なら「アップル」ですよ」  心がぐずぐずに溶けていくような感覚を味わいながら、颯太は野々原の言葉を右から左へと聞き流した。 「鍵咲さん。俺が、嫌いですか?」  藍沢の静かな眸は、颯太以外の何も映してはいない。 「セーフワードを言いますか?」

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