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第1話 「よければ俺が、しましょうか?」(3)
「よければ俺が、しましょうか? 相手」
「えっ」
「……もしいなければ、ですけど」
呆気にとられた颯太が藍沢を仰ぐと、笑ってもいなかった。本気なのだ。
「でも、藍沢くん、男同士とか……大丈夫なの?」
「俺の心配、してくれるんですね」
「そりゃ……」
するよ、当然、と言葉を継ごうとしたところ、ふと藍沢が微笑した。
(あ……)
笑うと途端に表情が柔らかくなる。
「相手が鍵咲さんなら、顔見知りだし、わからないところとかも、職業柄話すことがあるんで、ある程度なら力になれると思います。他にいるなら余計なお世話ですけど、もしいないなら」
藍沢は言いづらそうに言葉を継いで、短く刈り上げたうなじを触った。
「付き合いますよ。無茶な提案したの、俺ですし……」
これはチャンスかもしれない、と颯太は揺れた。男性とすることに嫌悪感を感じるタイプは多く、なかなか自分としてくれとも、言いづらい状況にある。颯太は、もしどうしても駄目だった時は、足を伸ばしたことのない新宿二丁目にでもいき、ナンパする覚悟も必要かもしれないと思いはじめていた。
「でも……」
社内で関係を持つようなことをして、大丈夫なのだろうか。もしも何かの拍子でバレてしまった時、営業部のエースに迷惑をかけるわけにはいかない。
颯太が揺れていると、藍沢は無表情に戻り、名刺を一枚、取り出した。
「とりあえず、考えておいてください。これ、俺の番号です。どうしても困ったことがあったら、連絡ください。俺にできることなら、力になります」
裏にプライベートの連絡先を書いて渡される。
「じゃ、俺、いきます」
傘をさしたまま軽く会釈をした藍沢が歩き去ろうとするのを、颯太は反射的に引き止めた。
「あの……っ!」
モニターのレポ提出期限まで、もう時間がない。一緒にしてくれる相手の当てもない。新宿までわざわざ出向いていって、あてずっぽうに誰かに頼むより、藍沢を頼る方が、遥かにリスクが低い。藍沢は仕事ができて口も堅そうだ。そして何より、藍沢の容姿はクローズドの同性愛者である颯太の好みだった。
「よ……よろしくお願いします……!」
思い切って頭を下げると、雨の中、戻ってきた藍沢が、颯太に向かって傘をさしかけた。
「……濡れますよ、鍵咲さん」
思いもよらない申し出に、咄嗟に縋った颯太に、藍沢はスーツの肩を半分、濡らしながら、婉然と微笑んだ。
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