3 / 70

第1話 「よければ俺が、しましょうか?」(3)

「よければ俺が、しましょうか? 相手」 「えっ」 「……もしいなければ、ですけど」  呆気にとられた颯太が藍沢を仰ぐと、笑ってもいなかった。本気なのだ。 「でも、藍沢くん、男同士とか……大丈夫なの?」 「俺の心配、してくれるんですね」 「そりゃ……」  するよ、当然、と言葉を継ごうとしたところ、ふと藍沢が微笑した。 (あ……)  笑うと途端に表情が柔らかくなる。 「相手が鍵咲さんなら、顔見知りだし、わからないところとかも、職業柄話すことがあるんで、ある程度なら力になれると思います。他にいるなら余計なお世話ですけど、もしいないなら」  藍沢は言いづらそうに言葉を継いで、短く刈り上げたうなじを触った。 「付き合いますよ。無茶な提案したの、俺ですし……」  これはチャンスかもしれない、と颯太は揺れた。男性とすることに嫌悪感を感じるタイプは多く、なかなか自分としてくれとも、言いづらい状況にある。颯太は、もしどうしても駄目だった時は、足を伸ばしたことのない新宿二丁目にでもいき、ナンパする覚悟も必要かもしれないと思いはじめていた。 「でも……」  社内で関係を持つようなことをして、大丈夫なのだろうか。もしも何かの拍子でバレてしまった時、営業部のエースに迷惑をかけるわけにはいかない。  颯太が揺れていると、藍沢は無表情に戻り、名刺を一枚、取り出した。 「とりあえず、考えておいてください。これ、俺の番号です。どうしても困ったことがあったら、連絡ください。俺にできることなら、力になります」  裏にプライベートの連絡先を書いて渡される。 「じゃ、俺、いきます」  傘をさしたまま軽く会釈をした藍沢が歩き去ろうとするのを、颯太は反射的に引き止めた。 「あの……っ!」  モニターのレポ提出期限まで、もう時間がない。一緒にしてくれる相手の当てもない。新宿までわざわざ出向いていって、あてずっぽうに誰かに頼むより、藍沢を頼る方が、遥かにリスクが低い。藍沢は仕事ができて口も堅そうだ。そして何より、藍沢の容姿はクローズドの同性愛者である颯太の好みだった。 「よ……よろしくお願いします……!」  思い切って頭を下げると、雨の中、戻ってきた藍沢が、颯太に向かって傘をさしかけた。 「……濡れますよ、鍵咲さん」  思いもよらない申し出に、咄嗟に縋った颯太に、藍沢はスーツの肩を半分、濡らしながら、婉然と微笑んだ。

ともだちにシェアしよう!