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番外編:カート解放後「エッチな玩具の開発担当と逢っちゃいました!?」(1)

「きみが鍵咲颯太くん?」  玄関を開けた大鳥太一郎(おおとりたいちろう)が柔らかく声をかけると、二人並んだ青年のうち、華奢な方が緊張も露わに反応した。 「は、はいっ。鍵咲です! 本日はこのような席にお招きいただき……っ」 「ああ、大丈夫だよ。堅苦しいのはなしで。どうぞ、上がって。適当に座ってください。弦が……副社長が無理を言ったみたいで、悪かったね」 「いえっ、お声がけいただき光栄です」  家に招くのはやり過ぎだったかもしれないと株式会社OTORIの社長を務める太一郎は少し心配したが、誰にも見つからない秘密の場所での少人数の会合となると、やはり自宅ほど安全な場所はない。ジョイトイの話をしても怪しまれず、実物を出しても周囲に迷惑がかからなくて、多少羽目を外してもいい場所、となると、義弟の弦一郎とも相談したが、選択肢はほぼ限られていた。 「これ、二人で選びました。お口に合うといいのですが」  藍沢と鍵咲は手土産を持参してくれたらしく、鍵咲が代表して、太一郎に向かって洒落たデザインの紙袋を差し出した。 「ありがとう。あ、これ食べてみたかったやつだ。並んだんじゃないの? せっかくだからパンに合わせよう」  中身は先日、銀座に出店した噂の洋菓子店で取り扱っている、ナッツの蜂蜜漬けだった。きっと藍沢が気を利かせて、それとなく弦一郎経由で好みを尋ねてくれたのだろうと思ったが、それは黙っていた。さっそく器に半分ほどあけて、テーブルに並んでいるバゲットの傍に置く。 「社長、こちらが例の藍沢です」  弦一郎が背の高い方の青年を紹介した。 「社長ってやめてよ。家なんだから」 「じゃ、……太一さん?」 「うん」  いつもは「弦」「太一」と互いに呼び捨てなのだが、さすがに照れがあるのか、それとも社長である太一郎を立ててくれているのか、弦一郎は名前の後ろにさん付けすることにしたようだった。常にないことだからか、太一郎は柄にもなく少し緊張する。 「第二営業部の藍沢隼人です。本日はありがとうございます」 「うん。藍沢くんも、忙しい中、今日はよく時間をつくってくれたね。さ、どうぞ。入って。乾杯しよう」 「失礼します」  太一郎が招き入れると、藍沢はぺこりと頭を下げて靴を脱いだ。  営業部のエースの藍沢とは、時々、副社長の弦一郎を介して顔を合わせる機会があった。話が明快で、少々無愛想なところはあるが、真面目で人好きのする性格で、押しはそれほど強くない。だが、商品知識は一流だし、こちらが考えないような斬新な提案もする。今は第二営業部で男性用ジョイトイにかかりっきりだが、滑り出しは好調だった。  が、今日はあくまで男性用ジョイトイの販促レポを書いている二人、という理由で鍵咲と藍沢を呼びつけたわけで、仕事の話はしない予定だ。 「ジョイトイ、持ってきてくれた?」  太一郎は照れる素振りも見せず、藍沢の下げている紙袋を目敏く覗き込んだ。 「はい。完成品を、とのことでしたので、全種類をひとつずつ、製造部にお願いしてもらってきました」  藍沢は少し怪訝そうな顔をしたが、それ以上の質問はなかった。 「ありがとう。これ、一度触ってみたかったんだよね。ちょっと並べようか」 「食卓にか?」  弦一郎が確認するのに、太一郎は頷いた。 「だって完成祝いだし。主役がないと映えないだろ?」 「まぁ、そうだが……」  別にSNSなんかにアップする予定もないのだし、豪華な方がいいと思った太一郎に、鍵咲や藍沢だけでなく、弦一郎までが怪訝な顔をしたが、こちらは少し演技をしているのが太一郎にはわかった。これを所望するところからが、弦一郎が命じたプレイの一環なのだから、仕方がないが、頬を火照らすわけには絶対にいかない。変な素振りをしないよう慎重に動き続けながら、太一郎は、義弟と目が合うと、密かに睨みつけ、これを酒の肴に話をしてやる、と内心、決意していた。  シャンパンをあけて、乾杯をすると、和やかに時間が過ぎてゆく。  最初は緊張した様子だった鍵咲も、藍沢といるうちに自然体になってゆくのがわかった。太一郎が勧めたトマトと生ハムのブルスケッタを頬張った鍵咲が、美味しいと全身で訴えかけるような表情をするのが微笑ましい。 「これ、社長がつくられたんですか? 美味しいです」 「僕、料理が趣味なんだよ。普段はシャケのホイル焼きとかだけど、今日はちょっと頑張った」  言いながら、前菜を出す。一晩考えて、サラダと海老のフリッターにした。メレンゲをつくる工程が楽しすぎて鼻歌を歌っていたら、弦一郎に呆れられたが、別にいい。少人数のパーティめいた集いなら、きっとケータリングを頼むよりも楽しいのじゃないかと思う。

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