68 / 70

番外編:カート解放後「エッチな玩具の開発担当と逢っちゃいました!?」(3)

「弦、おい、起きろ。狸寝入りするなよ」  二人が帰ったあとで、潰れたふりをしていた弦一郎を太一郎は起こす。 「二人とも帰ったぞ。片付けるから手伝えってば」  言いながら、ソファに丸くなった弦一郎を小突く。この大荷物が、ほぼ身ひとつでここに押しかけてきた時は、どうしてやろうかと思ったが、あれから七年、すっかり馴染んでしまって、家具の一部みたいだと思うことがある。 「──不公平……」 「何が? 僕、何か不平等なこと言ったか?」 「じゃなくて……何で俺の質問にはかたくなるくせに、太一の質問には答えるんだ」 「弦が引っ掻き回すみたいに訊くからだろ。お前は尋ね方が乱暴なんだ。相手が緊張するの、わかってて追い込むのは悪い癖だ」  きっと、出てゆかれたら、寂しくなる。  それぐらい、もう弦一郎の存在は、太一郎名義のこのマンションの一室に馴染んでしまっていた。 「時には強引な方が、相手に好まれることだってあるんだよ」 「鍵咲くんが、そうだって?」 「ま、何となく。でも藍沢が嫌がる顔が面白くてなぁ」 「弦。お前は……」  ひっひっ、と笑いながら、弦一郎は立ち上がると、太一郎に倣って、皿やらグラスやらカトラリーやらを、キッチンの流しに運んだ。この家に転がり込んできた時にした、炊事洗濯家事を平等に、の約束を、弦一郎は未だに律儀に守ってくれている。 「藍沢くんが可愛そうになってきた。彼、きっとやきもきしてるぞ?」 「俺にパートナーがいることも知らないしな?」 「こら」  手を伸ばしてきた弦一郎を、太一郎はほとんど形式上、拒んだ。妾腹とはいえ、同じ「一郎」の名を付けられた子どもだ。片親は同じだし、こういう関係になることに葛藤がなかったわけじゃない。今も、腹に据えかねることがあると、弦一郎とはよく揉める。でも、弦一郎は太一郎がどんなに邪険に拒絶しても、離れようとしない。それが、恨みなのか何なのか、時々、太一郎はわからなくなる。でも、わからなくなるたびに、弦一郎はそんな太一郎を蕩けるまで愛した。 「なぁ、ちゃんと招待したんだから、お願い聞いてよね、義兄さん」  ネットにアップされたレポは、販促用だからだいぶ虚飾されていたが、今夜、二人に逢ってみて、彼らが真摯に互いに向き合ってきた様子がわかった。それに比べて自分たちは、身体こそ重ねているが、ちゃんと進展しているのだろうか、と一抹の不安が過ぎる。  今夜の会合も、太一郎がぽつりと「逢ってみたい」と零した独り言を、弦一郎が拾ったおかげで実現したようなものだった。それが大きな見返りを要するとしても、太一郎は断れなかった。そもそも太一郎は弦一郎との賭けに、負けている。 「……お前の言いなりになるのが、僕は本当に腹が立つことがあるよ、弦」 「俺はこれがいいな。太一に似合う」  そうして選び出された極大のアナルプラグを、キッチンの流しに立ち、洗い物をし出した太一郎の目の前にかざす。 「な? 太一?」 「……るさい」 「俺は賭けに勝ったぞ?」 「うるさいって言ってるだろ」 「約束どおり、ハラスメント案件だって言われながら、鍵咲くんにちゃんと確認まで取った。今度はあんたの番……」 「ちょっと黙ってろ。あと、風呂沸かしとけ」 「一緒に入るだろ?」  条件をちらつかせる義弟に、太一郎は口の中が急速に乾いてゆくのを感じた。緊張からだ。それにもしかすると、期待から。太一郎は目の前にかざされた深海色のアナルプラグを、泡で濡れた手で引っ掴み、弦一郎の方を身体ごと振り返った。  そして、手の中のプラグを弦一郎に向けて差し出す。 「弦」 「ん?」 「今日は……、これを挿れて欲しい。僕の中に」  かろうじて、声だけは震えなかった。  だが、言うなり肌が粟立ち、震えがくる。  立っているのさえやっとのような状態に置かれた太一郎の腰を、弦一郎の大きな手が支えた。 「……あんたがねだったんだからな?」 「わかってる」 「俺が強いたわけじゃない。あんたが、自分で望んだんだ」 「ああ、そうだ。僕がせがんだ」  そもそも今回の男性用ジョイトイの話は、もう小さすぎて原因さえ忘れてしまったような、兄弟喧嘩から出てきたものだった。いつものように存在を突っぱねた太一郎の態度を腹に据えかねた弦一郎が、男性用ジョイトイの話を突然、経営会議でぶち上げたのだ。  売り言葉に買い言葉だった計画が、万が一にも軌道に乗り、成功する方に弦一郎は賭けた。そして、勝った方の願いを何でもひとつ聞く、という条件を、つい太一郎はOKしてしまった。  レポの二人と話ができたら、自社で開発したプラグを体内に挿入してもいい。震える喉から声を絞り出す自分は、まるで蛇に睨まれることに悦びを感じる蛙だ。弦一郎の正体を知る者は、この世に自分ひとりだろうと太一郎は思う。こいつのこんな側面は、きっと藍沢さえ良く知らないだろう。 「うん。これを、あんたの中に挿れてやるよ。ぐちゃぐちゃのドロドロになって、泣いて縋るまで容赦なくしてやるから、覚悟しろ」  弦一郎は満足するようにそう言うと、太一郎の手をそっと引いた。 「いこう、太一。洗い物はあとだ」  長い夜がはじまろうとしている──それを拒む権利も資格も、ないし、いらない、と太一郎は思った。

ともだちにシェアしよう!