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第9話 プロデューサーの宗方と鬼ごっこ

 まずは……ブランコから乗ってみようかな。  ぎこ、ぎこ。前に後ろに漕いでみる。  あれ、なんか楽しいかも。  田舎の公園なので、やってくる人もいなかった。ここの公園は桜の名所だ。4月上旬は花見客で賑わうが、今日は平日の昼間だ。遊具だって少ないし。色々考えつつも、体は前に後ろに振れていく。宗方は斜め前で無言でひたすらカメラのシャッターを切っている。 「こんな感じで大丈夫ですか?」  ブランコを漕ぎながら、聞いてみる。少し声を大きくして。宗方はうん、と頷くとまた撮影に集中しだしてしまった。  莉良はその後10分ほどブランコを楽しみ、地面に足を着いた。 「青空がバックになってて、いいですね。櫻川様も楽しそうですし。じゃあ今度は走ってみましょうか。わたしが逃げながら写真を撮るので、櫻川様は鬼になってわたしを追いかけてください」 「えっ?」 「スタートです」  器用にカメラを持ち、走り出した宗方を見て一瞬戸惑う。  追いかけっこしろってこと?   ああ、宗方さん足速いよ。あんなに早く走られたら、近づくことだってできない。  莉良は奮起して駆け足で走っていく。宗方が走る速度を落としたのか、距離が縮まった。カメラをカシャカシャと切る乾いた音。  あれ、今、自分はなんのために走ってるんだっけ。結構本気で足を踏み出してるし。ああ、もういっか。何も考えず走ってみよう。  そう思って無我夢中で宗方を追いかける。息が上がっても、足がもつれそうになってもやめない。右手を伸ばす。あと50センチ。もうちょっと頑張れば、届きそう。  1歩詰め寄ったときだった。宗方がカメラから視線を上げる。重なる視線。宗方の額に薄らと浮かぶ汗が、目に入ってきて。なんだか、不思議な気持ちになって。  ぐ、と伸ばした手を取られた。宗方に。  え、と莉良は戸惑う。宗方は無言でこちらを見据えている。  なんだよ。そんな……目で見られると……。 「……すごい汗だ」 「へ?」  気づかないうちに、莉良は汗だくになっていた。体質的に汗はそんなにかかないはずなのに。  宗方は莉良の手を離すと、スラックスの後ろポケットからハンドタオルを取り出した。それを持って、莉良のこめかみに押し当ててくる。そっと、花を触るように柔らかい手つきで。  ち、近い……。 「休憩しましょうか。飲み物は持ってきてますか?」 「あ、すいません。忘れてしまいました」 「予備の水が車の中に積んであるので、持ってきますね。櫻川様はベンチで座って休んでいてください」  ハンドタオルを莉良の手に押し付けて、宗方は車に駆けていく。  なんだよ。さっきよりずっと早く走れるんじゃんか。手加減、してくれてたんだ。  莉良は自分の息が上がっていることに、このとき初めて気づいた。5月とはいえ、太陽の照りつける昼間には熱中症のリスクが十分にある。それを忘れていた。 「飲んでください」 「ありがとうございます」  ごくり、と喉を通っていくペットボトルに入った水。じわり、と背中に汗が伝う。 「写真、こんな感じで撮れました」  宗方がカメラを取り出して写真を見せてくれる。映し出される写真には、莉良が子どもみたいに純粋無垢な笑顔を浮かべていて。自分の笑顔はこんなにも幼かったのかと初めて気づく。普段、自撮りもしないし、写真を撮り合うような友達もいない。 「この中からとびきり良いものをペラッターにアップしますね」  そう言って、宗方も自分用にと持ってきた水を飲んだ。  うわぁ。ごくごく飲んだ時に、喉仏くっきり出てる。男らしくていいな……。宗方さんは肩幅も広いし、いつも見てるスーツの上から見える胸筋とか、細いウエストとモデルのように長い足。  じっと見つめすぎていたのがバレてしまわないように、莉良は再び水を飲む。 「今日の撮影はここまでにしましょう。村役場まで送りますよ」 「……お願いします」  村役場に戻って請求書の作成をしているときも、ちらつくのは宗方に手を掴まれた瞬間で。  どうして宗方さんは手なんか握ったんだろう。  そんな引っ掛かりを覚えながらも、終業時刻まで真剣に仕事に向き合った。

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