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第11話 距離感バグプロデューサー
「では撮影準備もできましたので、さっそく動画撮影を始めましょう。今回はわたしが台本を作ってきましたので、進行はこちらの画面をご覧下さい」
「は、はい」
宗方の表情がキリリと真面目な顔つきになる。先程までの穏やかなムードとは似ても似つかない様子だ。莉良もそれに合わせるように頭を仕事モードに切り替えた。今一度、鏡で髪の毛やメイクがよれてないか確認する。
それから、宗方が見せてきたタブレットを手に持ち画面をスライドさせる。
今日の撮影はまず『りらくん』の自己紹介をするのが目的らしい。莉良はインタビューされる側となり、画面外から宗方がインタビューしてくれるそうだ。視聴者には、宗方の姿は見えない。それに不安を覚えて宗方に質問をしてみたら、不思議な答えが返ってきた。
「いいえ。わたしはあくまで『りらくん』のプロデューサーです。それに、もともと表に出るような人間ではありませんし」
最後のセリフには何故か静かな哀愁が滲んでいるように感じて、莉良はこれ以上深掘りしないようにと前屈みにしていた身体を起こした。
そう。あくまでも宗方と莉良は仕事上のパートナーだ。友達でも、仲間でもない。ここ何日か宗方とばかり過ごしてきていたから肝心なことを忘れてしまっていた。
彼は裏方に徹するプロデューサーで、自分はネットアイドルの『りらくん』。梶山村の村おこしのための資金集めのためには、全てを捧げると彼の前で誓ったはずだ。莉良は一息呼吸を吐いてから、静かに目を見開いた。
「宗方さん。よろしくお願いします」
ソファの前のスペースに中華まんのもちもちクッションを置いて、その上に腰を下ろす。宗方はインタビュー担当兼撮影担当として、サポートしてくれるようだ。
「この自己紹介動画は後ほどわたしが編集し、効果音やサムネ、字幕を付けますので、スムーズに上手く答えられなくてもやり直せるので安心してください。この動画の目的はペラッターでは伝えきれない『りらくん』の雰囲気や、性格をファンの方に届けるためのものですから」
「はい。頑張ります……!」
宗方が小さく頷き、こちらを見つめる。カメラの向こうから莉良のことを見定めるように力強い瞳で。その瞳に魅入られるとなぜか莉良の胸がとくん、と熱く打つ。カメラにさらされる緊張だろうと思い、深くは考えずにスルーした。宗方がカメラの上に台本となるタブレットを設置してくれたおかげで、カメラ目線で自己紹介を始めることができた。
「こんにちは。梶山村役場の職員をしています。りらです。みんなには『りらくん』って呼んでもらえたら嬉しいです!」
台本には『カメラ目線で笑顔を浮かべて』と記載もあったので、莉良はできる限り自然な感じで笑顔を浮かべた。
宗方からストップの声がかからなかったので、莉良は更に台本通りに進めていく。
「今回は初投稿の動画なので、みんなに俺のこと知ってもらいたいなって思ってます。さっそく自己紹介スタート! 質問はプロデューサーさんがしてくれます」
ここで一度、宗方がカメラをオフにした。莉良もほっとして足元に忍ばせていたペットボトルに入ったジャスミン茶を飲む。やけに口の中が乾いていた。
「どうですかね? 今の感じで大丈夫ですか?」
機材を確認している宗方におそるおそる告げると、想像していたより柔らかい声が降ってきた。
「はい。バッチリでした。都度、小休憩をとってあと1時間以内には撮影を終わらせられそうです。櫻川様はご無理などされていませんか?」
莉良はぽっと心の中に火が灯るような気持ちになった。こんなふうに事細かく気遣ってくれて、優しくて頼もしいプロデューサーなんて、きっと普通の会社員をしていても重宝されるだろう。宗方の年齢はわからないが、大人びていて知的な印象は変わらない。だが、ところどころで垣間見せる優しさや頼もしさに安心していた。
「はい。無理のないキャラで『りらくん』を演じられている気がします。お気遣いありがとうございます」
深々と頭を下げて感謝を伝えると、宗方は満足したように薄い唇を引き上げた。そして、さっそくインタビューが始まる。
「まずは『りらくん』の簡単なプロフィールを聞いていきたいと思います。年齢は?」
タブレットの台本には『20代です、と言えば問題ないです』とあったのでその通りに答えることにした。
「20代です」
すると宗方は軽く頷いてから、その後も一問一答形式のインタビューを続けていった。
「身長は?」
「170センチくらいです」
この質問はバリバリに嘘をついた。タブレットに『170センチと答えてください』とあったから。しかも、赤い下線が引かれているのだ。莉良は自分の本当の身長は165センチだから、ネットアイドル活動に何か悪い影響を及ぼしてしまうのでは、と不安に感じ萎むような気持ちで答えた。
その後は『好きな食べ物、趣味、苦手なもの、好きなアニメ、好きなゲーム』など、当たり障りのない質問が多く安心して答えることができた。それに、先程の身長の質問の時に感じた胸のつかえはいつしか消えていた。
別に、ネット上のアイドル活動なら5センチくらい身長盛ったって気づかれないよな。
心の中でそんな言い訳をしつつ、莉良は無事に最後の質問まで答え終わった。合計15個の質問だったが、莉良が答えに迷うところは宗方がタブレットで台本を見せてくれたので、スムーズに答えられた。
「撮影お疲れ様でした。今日はここで終わりです。2日後にはこの撮影動画を編集して動画投稿サイトにアップする予定です」
帰り支度を始める宗方が、リングライトと三脚は莉良の部屋に保管するようにと頼んできたので快く受け入れた。ウォークインクローゼットに入れていると、背後から宗方が様子を見に来ていた。狭い廊下と相まって、高身長の宗方が腰を低く屈めて莉良を覗き込むようにして見てきた。その瞳はじっと莉良を見据えている。言い方は悪いが、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなる。
「な、何か?」
無言が気まずくて振り絞るように声を出すと、宗方はきょとんとした顔を浮かべて莉良の髪に触れた。
「……いえ。すみません。少し、前髪のアホ毛が……」
う。恥ずかしい、それ。
莉良はカッと頬に熱が集まるのを感じて、慌てて俯く。宗方はそんな動揺していること丸出しの莉良を見ても動じず、前髪を指で軽く整えるとにこりと笑って部屋を出ていった。
「明日は櫻川様のお仕事はお休みです。一日ゆっくり休んで、また明後日から頑張りましょう」
と、最後にメガネをキラリと輝かせて玄関から出ていってしまった。莉良はその場で腰が抜けたようにふにゃふにゃと座り込む。
「なっ、なんだこれ」
心臓がめっちゃギューってなってる。し、心臓掴まれてる? ってくらい鷲掴みにされてる感じ。
莉良はこんな胸の異変を感じるのは産まれて初めてだった。そしてその原因はなんとなく宗方なのだろうなということも簡単に想像できた。宗方が直してくれた前髪をくしゃりと掴んで体育座りをして膝に顔を埋めた。
「プロデューサーってこんなことまでするのかな……?」
莉良の純粋な問いはひとりきりの冷たい廊下に落ちていった。
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