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第15話 宗方の乱─夏の陣─
それが起きたのは、7月の終わりごろだった。
その頃には莉良の古民家カフェ運営のための資金が500万円ほど集まってきた頃だった。
動画配信サイトでは、毎週金曜日の18時に新しい動画を公開している。初投稿の自己紹介動画はこの頃には100万回再生されていて、莉良は宗方の敏腕さに息を飲むほどだった。編集も台本も撮影もすべて完璧にこなす宗方は、まるで莉良の専属マネージャーのような役割を担っている。
ペラッターのフォロワーも着実に増えてきて、現在は10万人を突破した。これもすべてのシナリオは宗方が作ったものだ。本格的に古民家カフェ運営の計画が進んでいるので、その進捗報告を毎日1回は呟いている。それも、宗方がいつの間にか撮影した莉良のオフショット付き。
寝落ちしてたり、お昼寝してたり、お昼ご飯のお弁当を食べていたり、村人と話していたり。もちろん、莉良の他の人物には顔にしっかりとかわいい猫のスタンプが貼られて顔がわからないようになっている。プライバシー対策も万全だ。
「宗方さん。昨日から2泊3日の登山に行くって言ってたけど、大丈夫かなあ」
なんでも、梶山村の宣伝に欠かせない準備をしてくると言って、村で一番腕っ節の強い農家の渡辺さんが同行しているから遭難するとかはないと思うけど……。
宗方と3日間も離れたことはこの数ヶ月で一度もなかったからか、やけに心細い。
梶山村には、村の名前に入っているように『梶山』という標高約2000メートル山がある。
古くからの伝承によると、天土の神様が祀られており、豊穣祈願を主にして長く大切にされてきたそうだ。今でも、毎年秋頃になると村役場総出で木の整備をしたり、害獣駆除のための電気柵の確認などをしに山へ入ることがある。
梶山では、古い文献からも一度も熊などの捕食動物が出てきた話は無く、数年前の動物研究家の調査によればやはり熊はいないという。珍しい食物連鎖を保持する山として、国の指定山にも選出されている少し特徴のある山なのだ。
「もう。櫻川さんってば、昨日宗方さんが山へ入ってから心ここにあらずですよ。本当に良い相方なんですね」
村役場の受付窓口を担当しているパートの中野に声をかけられ、ハッとして宗方が作ってくれた資料から顔を上げた。
「ああ、すみません。意識がそっちに向かっちゃって……」
中野はふふふ、と笑うと莉良をじっくり見つめる。
「それにしても櫻川さん。数ヶ月前とは別人みたいです。前は自信なさげな感じでしたけど、今はもう自信に満ち溢れてて、実際に古民家カフェの資金集めも順調だと聞きましたし」
「別人、ですか」
確かに、と思って莉良も苦笑を浮かべる。中野の言う通り、宗方に出会うまでの自分は内向的で大人しいほうで人前に立つことなど経験したことがなかった。
けれど、ネットアイドルのりらくんとして活動を始めてみたら、思った以上に莉良に興味を持ってくれる人が多くてそれが純粋に嬉しかった。
「かわいい」「かっこいい」という表面的な賛美のコメントも生まれて初めてで嬉しかったが、何よりも嬉しかったのは梶山村の名前がファンの人に浸透していくことだった。梶山村のホームページの訪問者も爆増しており、村長も大喜びだった。
宗方によると、あえて今までの田舎っぽい実直で誠実なホームページは貴重なのでそのまま手を加えずに公開していきましょうとのアドバイスをもらったので、中野が現在サイトへの訪問者数を毎日記録する係となっている。
中野の言う通り、莉良がいくら心配したって何も変わらないと気づいてからは、黙々と請求書作成に取り組んだ。幼い頃から算数や数学が得意だったから、膨大な数字を見ても辛くならない。むしろ、ミスがないよう丁寧に仕事に取り組む莉良を村役場の人は全員信頼していた。
たとえ、莉良が世間で有名になったとしても日々の業務を怠らない姿勢を皆が知っていたから村おこしプロジェクトも積極的に手伝う人も増えた。
そんな自分への評価には鈍感な莉良だが、度々宗方からフィードバックを受けて初めてそこで気づく、という流れだった。
2日後、宗方が渡辺と共に無事に梶山から戻ってきた時には、思わず涙ぐんでしまったほどだ。莉良は泣かないように懸命に目頭に力を入れていたが、宗方の逞しい表情を見たら安心してきて涙が溢れてしまった。
「櫻川様。どうされましたか?」
落ち着いた低い声。耳に残る優しい声音。
「いや、違くてっ。宗方さんが無事に戻ってきたと思ったら安心して力抜けちゃったみたいです」
渡辺は村役場の人に缶のお茶を差し入れされたり、茶菓子をもらいに役場に入ってしまい、莉良と宗方の2人きりだ。
宗方はしばらく莉良の目をじっと見据えていたが、不意にぽんぽんと頭を撫でてきた。まさかの事態に莉良の涙も引っ込む。
今、頭よしよしされた? 何で?
「無事に山での仕事も終わりましたし、今日は早めに旅館で休ませてもらいます。では、お疲れ様でした」
「あ、はい……お疲れ様です」
莉良だけぽつんと置いてけぼりにされた状況に謎が深まる。宗方はなぜ、頭を撫でてきたのか。その理由が知りたくてたまらなかった。
家に帰ってからもその疑問はついえなかった。
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