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第17話 猫村長就任式
「なぁーん」
「「……」」
翌朝、始業開始時間と共に昨日まで梶山を案内していた渡辺が村役場にやってきた。それも、とんでもない落し物を拾って。
目の前に出されたナスを詰めるダンボールの中に、細身の三毛猫が入っていたのだ。
「どうしたんですか、この子?」
慌てふためく莉良とは対照的に、宗方は顎に手を乗せてじっと猫を見つめている。渡辺が困った顔で語り出す。
「この子は、今朝、市場にナスを出荷した時に市場で拾ったんだよ。なんでも、捨て猫らしくてなあ。毛並みはいいんだが、身体はほっそりしてるだろう? 俺の家には文鳥がいるから、飼えなくてなあ。どうしようかと迷って、とりあえず櫻川さんのところ連れてけばなんとかなるだろうと思ってなあ」
「そうだったんですか……捨て猫は見ていて辛いですね」
「ほんじゃ、これから金山のじいさんと麻雀があるから、後は頼むよ」
「えっ。渡辺さん?」
すたこらさっさと渡辺は三毛猫の入ったダンボールを莉良に手渡して、村役場を出ていってしまった。残された莉良はぽかんと口を開いたまま。状況が飲み込めないでいた。そんな莉良とは異なり、宗方はなにか良いアイディアでも思いついたのかさっきから三毛猫の写真を何枚も撮っている。その真剣な眼差しに声をかけることはできず、莉良は黙って三毛猫を見つめた。
「可哀想だ。よし。俺が責任を持って育てる!」
自分の発した言葉に自分で驚いてしまった。まさかあの、大人しくて気の弱い自分がこんなに頼もしいことを言うようになったなんて、と。
だが、その莉良の勇気に待ったがかかった。
「待ってください。少し、わたしに考えがあります。今から餌やケージなど、街のほうへ買い出しに行きますので櫻川様にもご同行願えますか? その間、この三毛猫は中野さんにお任せしましょう。彼女は自宅で2匹の猫を飼っているそうで、扱いに慣れていると思いますので」
「は、はい」
莉良は宗方の勢いにのまれるように、ダンボールごと三毛猫を受付窓口の中野に手渡した。
「お話伺いました。わたしに任せてください。猫との共同生活10年選手のわたしでよければ!」
「はい。もちろんです。頼もしい限りです。それでは、後は頼みます」
「はい。おふたりとも、熱中症に気をつけてくださいね」
中野の明るい声に背中を押されて莉良と宗方は村役場の駐車場に向かう。そこには、あの日宗方が乗ってきたランボルギーニが停めてあった。さも当たり前かのように助手席にエスコートされ車内に入る。今日はスニーカーを履いているから、前よりは泥のことを気にしなくて済むのが救いだった。
「では、向かいます」
「……お願いします!」
宗方と莉良の『三毛猫お迎え準備』が始まった。
梶山村から近くの大きな街には車で40分ほどかかる。その間、車内には海外のロックバンドの曲が流れていた。無言の時間を気まずくさせないように、宗方が気遣ってくれたのかもしれない。
莉良は久しぶりに村の外に出た。週5日村で働いていると、不思議と街に行かなくなるのだ。もちろん、日用品なんかは街のスーパーに行かないと手に入らないものもあるので、都度、渡辺の車に乗せてもらったりして買い出しに出ていた。また、高齢者が多い地域のためスーパーの移動販売車が週に2回は来てくれるので、それを莉良も利用することが多かった。
野菜や米、卵は村の中で手に入る。肉は街のスーパーに買いに行かなくてはならないが、野菜が美味しくて肉厚だから都会にいた頃よりも肉を食べる機会が減ったような気がする。
「櫻川様。ペット専門店に着きました」
「あっ、はい」
街並みを窓の外から眺めていたら、急に宗方に声をかけられ身体がびくっと跳ねた。つい、物思いに耽りぼんやりとしていたようだ。
誰かの運転する車で落ち着いたのは初めての経験で少し不思議に思う。そのくらい、宗方と信頼関係が築けている証拠だろうか。
答えの出ない問いはさておき、さっそく宗方の指示でカートに載せたカゴに猫用グッズを入れていく。
「ケージは大きめのものがいいでしょう。成猫に見えましたし。あとは、猫砂、猫用トイレ、餌とおやつ、猫じゃらしなどのおもちゃを少々」
30分もしないで猫グッズをカゴに載せることができた。莉良は猫を飼うのは初めてで、なんとなくのイメージしか湧いていなかったから助かった。
レジで商品を読み込んでもらっている間に、莉良は素朴な疑問を宗方に投げかける。
「猫、飼った経験があるんですか?」
会計待ちでゴールドカードを手元に置いた宗方は静かに頷いた。
「ええ。実家にハチワレがいますので、幼少期より面倒を見ています」
「そうなんですね。だからこんなに猫を飼うためのグッズに詳しいんですね」
「そんなにたいそうなことではありませんよ。ほとんど両親が面倒を見ていましたので、わたしはそのお手伝い程度です。猫に遊んでもらう子どもでしたから」
少し哀愁のこもった声に意識が引き寄せられつつも、丁度会計が終わったところだったのでそれ以上深堀するのも気が引けて、購入した商品をランボルギーニの後部座席に積み込んでいった。
梶山村へ帰る道中も、何故かさっきの宗方の話し方が寂しそうに見えて悶々としてしまった。けれど、もしかしたら触れられたくない話かもしれないと怖気付いて何も聞けないでいた。
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