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第19話 招き猫きなこの絶大な効果と突然の別れ

「きなこくん。貴殿を我が梶山村役場の猫村長に命じる。頑張ってくれたまえ!」 「なぁぁーん」  きなこは梶山村役場の猫村長就任式に参加中だ。きなこを莉良宅で預かってから5日後に村役場にて橋口村長をはじめ、村人たちが集まり村役場の前で猫村長就任式を行った。  きなこには首に紺色の首輪をつけており、喉元に小さなゴールドの鈴が付いているので動き回る度にチリリンと心地よく響く。  就任式の間もいたずらせず横になるきなこにはどこか堂々とした雰囲気があり、まるで緊張などしていない様子だった。村人たちが飼い主である莉良にたくさんのおすそ分けをしてくれた。猫のおやつに猫用おもちゃ。手作りの首輪まで。 「皆さん、こんなにたくさんきなこのためにありがとうございます」 「いいのよ。櫻川さん、村おこし頑張ってるの見てたらオバチャンたちも応援したくなるのよー。昨日の動画も面白かったわ。タイトルは【猫と2人暮らし、はじめました】だったかしら? 若い子の人気はわからないけど、コメントも500件近くあって愛されてるのがわかるわ」 「はい……。ありがとうございます。頑張ります!」 「無理なく、よ。身体が資本だもの。何か困ったことがあれば村人たちに頼ってね。出来ることはなんでもするわ」 「はい!」  莉良がハーネスを付けたきなこを抱っこしたまま、深くお辞儀をする。村人たちはきなこにメロメロの様子だ。たくさんのおじいちゃん、おばあちゃんがきなこの頭やお腹を撫でてくれてきなこも嬉しそうだった。  きなこは人懐こい性格でかなりおっとりとしている。こういう猫は珍しいのだと宗方に告げられた時には驚いた。よくアニメで出てくるような猫はきなこのように温厚な子が多いと思っていたからだ。  幸い、元飼い猫らしいというのもあって爪切りは慣れっこだし、お風呂も平気でむしろ気持ちよさそうにお湯に入る子なのだ。  宗方が購入してくれたキャットタワーを家で組み立てていると、部屋への搬入を手伝ってくれた宗方に名前を呼ばれた。 「櫻川様。こちらをご覧ください」 「えっ? すごい。これってまさか……!」 「はい。クラファンにて5000万円達成しました。おめでとうございます。また、昨日アップしたきなこ初登場動画は150万回再生されました。チャンネル登録者数も100万人を突破しました。今夜、お祝いライブ配信をしませんか?」 「すごすぎて言葉が出てこないです……! これも全て宗方さんのお力添えのおかげです。ありがとうございますっ」  莉良は喜びが勝りそのまま宗方に抱きついてしまった。まるで子どものような振る舞いに数秒後強い羞恥心を覚えて、パッと宗方から離れた。宗方も少しぽかんとして口を半ば開いていた。莉良はしまった、と自身を叱り気まずい空気を断ち切るためきなこに頼った。 「きなこ。おやつ食べる? 今夜はお祝いだよ」 「んなぅー」  よちよちと莉良の後ろを着いてくるきなこに、母性が爆発しそうになる。  この子、俺が産んだ気がするのはなんでだろう。  きなこにおやつをあげていると、宗方がそっと近くに寄ってきた。きなこを驚かせないように足音を出さずに。 「櫻川様、折り入ってお話があります。ライブ配信の後で少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」 「はい。もちろん」  何の話だろう? と莉良は思ったがそれも一瞬のことであっという間に夜になってしまった。きなこが莉良の膝の上で眠りながら、チャンネル登録者数100万人のお祝い配信ライブを行った。  ライブ配信は2週間に1回はしていたので、もう慣れたものだ。宗方のカンペなしでもスムーズにファンの人と会話できるようになっていた。そんな莉良の様子を画面の外から宗方があたたかく見守ってくれる。その視線がすごく優しくて鼻が高くなるのだ。 「皆、応援ありがとうございます! 今後ともりらくんの村おこしチャンネルをよろしくお願いします」  ばいばーいと、手を振って1時間のライブ配信を終えた。ふうっとアイスカフェラテを飲んで喉を潤す。きなこは眠気まなこで莉良のベッドの上に移動してヘソ天して眠り始めた。莉良はそんなきなこを写真におさめてペラッターにアップする。最近は宗方に指導されなくても自分でいろいろSNS運用ができるようになった。 「では、櫻川様。まずは目標達成おめでとうございます」 「はい。本当にこの数ヶ月間お世話になりました。宗方さんのおかげでここまで頑張れました。今後もよろしくお願いします!」  ぺこりとお辞儀をしたら、その肩に手を乗せられた。 「その件なのですが、今後の櫻川様のサポートはできなくなりました」 「えっ?」  顔を上げた。莉良がきょとんとしすぎていたのか宗方が難しい顔をする。眉を寄せて怖い顔をしている。いつもと様子の違う宗方に莉良の背中にはどっと冷や汗が吹き出す。 「櫻川様のお手伝いをするのは資金集めまで、との本社からの通達がありました。それに、今後はおひとりでも上手くやっていけそうだと判断し、今夜、梶山村を去ることになりました」 「ちょ、ちょっと待ってください。そんな急にっ……!」  莉良の大きな声に寝ていたきなこが飛び起きた。ごめんね、と心の中で謝り宗方に対峙する。 「だったらなんではやく教えてくれなかったんですか? これじゃあ心の準備ができないまま、お別れするんですか?」  莉良の悲痛な叫びに宗方は一瞬、歯を食いしばるように顔を顰めると、莉良に迫ってきた。服越しでもわかる厚い胸板が目の前に迫ってきて壁に背中を追い詰められた。     莉良は両腕を壁に押し付けられていた。宗方の押さえる腕は細いくせに、がんとして動かない。足をばたつかせて足元に置いてあったクッションを蹴飛ばす。  宗方は無表情で莉良のことを壁に追い詰める。  近い……。顔が、吐息が。心臓の音が。全部、聞こえてしまう。 「『りらくん』のためですから。我慢してください」  宗方は耳元でそっと囁く。そして、つつ、と静かに莉良の腕を掴んできた。  莉良は、ぴくと肩を揺らす。無言で身体を撫でられ、触れられ。気がおかしくなってしまいそうだ。  不意に、宗方が顔を近づけてきた。唇ぎりぎりまで。莉良はきゅ、と口を結ぶ。すると、唇にふにっとしたものが重ねられた。 「んむっ……?」 「……」  その口付けは優しくて甘かった。ただ、触れるだけのキス。それなのに莉良の胸を弾ませるには十分な刺激だった。  宗方の顔は、相変わらず無表情で。自分を見下ろす瞳と目が合った。冬狐のような弧を描く瞳。  そっと身体を抱きしめられた瞬間、身体中の細胞が騒ぐのを感じた。  宗方の着ている5ミリ程度のシャツ越しの熱。こんな薄布では、互いの温度などすぐに溶け合ってしまう。  無言で抱きしめられている間、莉良は頭を必死に働かせて記憶を辿る。 「なんでっ……どうして?」 「すみません。最後まで見届けられなくて。でも、信じています。櫻川様が梶山村の村おこしプロジェクトを大成功に導くことを。遠くからいつまでも祈っています」 「……ま、待って──」 「ここでさよならです」  宗方が莉良から離れた。荷物をまとめて玄関に向かってしまう。莉良は惚けたようによろけながら玄関まで宗方を追った。  しかし、不意に強い眠気が莉良の意識を奪う。廊下で力尽きてうずくまる。 「宗方、さ……ん」 「櫻川様。とても楽しかったです。きなこもお元気で」  そういえば、ライブ配信の後に疲れがよく取れるサプリだと言って、宗方に小粒の錠剤を渡されて飲んだ。あれはもしかして、睡眠薬だったのか?  ぼやける意識の中で、玄関のドアが閉められた音が耳に響いた。きなこと2人だけになってしまった部屋はやけに広く感じられた。  

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