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第20話 プロデューサーの仮面を剥げば、素の自分に戻るのも一興。だがあの人のことを忘れられない(si

「若。おかえりなさい!」 「ああ。今帰った。留守の間、ご苦労だったな」  無駄に敷地面積の広い大屋敷の庭にランボルギーニを乗り捨てる。これから、舎弟の奴らが車体の掃除をして車庫に移動させるからだ。  大屋敷の名前は『宗方組』。  関東を支配下に置くヤクザの本拠地だ。俺の生まれ故郷であり、実家であり、勤め先だ。  広い日本庭園を眺めながら縁側に腰掛けて煙草を吸う。梶山村では禁煙を試みていたからか、やけに美味く感じた。  ふーっと軽く煙を吐けば、ふとあの人の顔が浮かんだ。別れ間際、寂しそうな顔。瞳が潤んでいた。泣かせてしまっただろうか。それだけが、俺の後悔だった。 「若ぁ! 御車、車庫に入れ終わりました」 「おう。はやいな」 「そりゃあ、数ヶ月ぶりに若の姿を見ることができたんですよ。仕事とはいえ、一体どこへ行かれたんで? 俺たちに内緒にされちゃあ、そりゃあ若いモンも騒ぎますよ」  幼い頃から面倒を見てくれている最も信用している側近の|有富《ありとみ》に聞かれ、小さく被りを振る。有富はプロレスラーなみの大巨漢だ。毎朝10キロのランニングと、週7日筋トレをしている体力おばけだ。  顧客の情報は厳守だ。己の胸の中にのみ、留めておくことを許されている。 「どこか遠く、緑の綺麗な場所だ」 「はあ……田舎ってことですか?」 「もう質問攻めはよせ。明日の夜の会合の段取りは?」  有富は仕事モードの顔になり柔らかかった表情が引き締まる。 「西の風雲児こと『西雲会』と、こちらの屋敷の広間で食事会を設けています。一流中華料理人を呼び、既に仕込みに入れさせています」 「わかった。さがれ。俺ははやくベッドで寝て明日の会合に備える」  煙草の火を灰皿の上に押し付け火を消して縁側に上がる。置きっぱなしにした革靴を有富が玄関先へ持って帰る後ろ姿を見て、どことなく親父の背中に見えて乾いた笑いが洩れた。 「はあ。やっぱ家のベッドが一番だ。毎晩畳の上に布団は背中がやられるな」  数ヶ月間、旅館に泊まり込みで仕事をしていたせいか肩こりに悩まされるようになった。そんな日も昨日で終わった。ひどければ整体にでも行くか。いや、ここは整体師を呼べば済む話か。梶山村だと全て自分から相手の元へ向かっていたから、その立ち回りが染み付いてしまっているようだ。この家では全て周りがやってくれるのが当たり前だった。  井の中の蛙になりたくないと思い、大学に進学しヤクザはヤクザでもインテリ派になろうと勉学に励んできた。  それにしても、やはり気になるのはあの人のこと。  櫻川様は元気でやっているだろうか……。それに、きなこも。  気になって眠りたくても眠れない。だから、仕方なく梶山村のSNSをチェックすることにした。最新の投稿は昨日、櫻川様が投稿したきなこのヘソ天眠りの写真のみ。今日はまだ何も投稿していない。  あれほど、ペラッターは毎日更新がバズる鍵ですと伝えたはずなのに。  だけど、俺は知っている。櫻川様は怠慢で投稿しなかったのではなく、おそらく投稿できる精神状態じゃないからだと。  全部、俺のせいだな。  顧客との距離を間違えた、馬鹿な俺の責任だ。  『株式会社ウェルム』という人材派遣会社は、俺の組のフロント企業だ。親父の代からやっている会社で、上場もしている。表向きは懇切丁寧な人材派遣サービスを運営しているホワイト企業。だが、本当の姿は情報収集を兼ねた組の前衛部隊。  俺はそんな会社で一流のビジネスマンをやっている。剛腕派の親父と違って、俺は暴力で人を従わせる素質はない。その代わり、人の心に寄り添い、掌握し、マインドコントロールを得意とするインテリヤクザだと自負している。  大学では心理学を学び、カンウセラー資格を持ちながらキャリアコンサルタントの資格も持っていて、たびたび大学などへ講義に呼ばれたりもする。もちろんホワイトの顔で、だ。  もちろん、俺がヤクザであることは表の人間にはバレてはいけない。側近の有富にマネジメントを任せつつ、仕事をしてきた。  だがそれも、櫻川様に出会ってから変わり果ててしまった。  廃村寸前の寂れた田舎の村に、野心溢れる若者が住んでいるとは思いもしていなかった。彼は、村おこしのリーダーをしているという。  何か力になりたい。  本気でそう思ったのは初めてだった。  費用の内訳や必須資金の話をしている時も、真剣な眼差しで取り組んでいた様子は今でも鮮明に思い出せる。  他人のために自分の全てを賭けて挑むことができる若者の背中を支えたいと思った。親父に無理を言って数ヶ月間の出張の許可を得た。  梶山村でのおっとりとした日々は、都会で仕事に忙殺されていた俺には良い息抜きになった。  それに、櫻川様に出会えたこと。それこそが運命の出会いだと感じた。  子犬のように素直で、笑った姿は可愛らしい。戸惑う姿も見ていて飽きない。まるで弟のように世話を焼きたくなる。そんな人間に出会ったのは初めてだった。  別れる時のキスも、無意識だった。屋敷に帰る車中で、まずいことをしたなと苦笑した。  そのくらい、一目惚れだった。

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