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後日談最終話
「旅行はどうだった?」
宮本さんはコーヒーを差し出してきた晶に、頬杖をつきながら聞いた
晶はコーヒーを渡したあと、宮本の向かい側の席に座ると、顔を綻ばせながら言った
「よかったです。これ、お土産です」
「ああ、これ好きなんだよね。ありがとう」
そう言いながら宮本の前に手渡されたのは、よくある土産物の和菓子だった
宮本はそれを受け取り、コーヒーを一口啜ると本題と言った雰囲気でまた口を開く
「で、奏斗くんはどうだった?何か問題はなかったかな」
「意外と楽しそうでした。ね、兄さん」
晶がそう言って目線を向けた先には、ソファで寛ぐ奏斗の姿があった
この前まで宮本がいる時は部屋に逃げるように篭っていた奏斗が、こうしてリビングにいるのは珍しい
晶の言葉にスッと2人を見やるがすぐに本に戻ってしまった
変わらない奏斗の態度に晶も宮本もホッとする
宮本も、久しぶりの奏斗の姿に最初は驚いていたが、今は嬉しそうにそっと見守っていた
「べつに…」
「んぐっ、ごほっ!んくっ」
だったのだが、奏斗が声を出した瞬間、飲みかけていたコーヒーを盛大に吹き出してまった
「大丈夫ですか」
「い、けほっ、今喋ったよね?」
「あ、そっか」
咽せる宮本にハンカチを渡しながら、晶はさも当たり前かのように言った
「結構前から喋ってました。黙っててすみません」
「は、はあ?なんでそんなこと…」
「すみません。兄さんに嫌われたくなくて…」
「どういうこと?奏斗くんがそんなこと…」
「宮本さん」
衝撃の事実に驚愕する宮本の言葉を遮るように名を呼ぶ
晶は少し緊張気味に笑っていた
ここ最近は疲れたような顔をしていたはずの彼は、今やなんの苦悩も消え去ったような、清々しい表情だった
「あの、お話があるんですけど…」
「…そっか、まあ、そうだよねぇ…」
晶は今までのこと、これからのことを思い思いに語った
この話に、宮本はいい顔をしないと晶は思っていた
予想通り、宮本は顔を覆いながら天井を煽り、微妙そうな声をあげた
やはり他人からしたら受け入れ難い話だろう
義理とはいえ、兄弟が、しかも男同士でそんな関係性になるのは世間体にもよくない
だからこそ宮本は晶と奏斗のために、いろいろ尽くしてくれたと言うのに、この結果では浮かばないだろう
だが、わかってはいたが、やはり隠すことは出来ない
世話になった宮本には、正直に話したいと思ったのだ
「本気なんだね?」
「はい、やっぱり俺には兄さんしかいなくて…今後も、きっと周りが見えなくなる時があるかもしれない。その時は、あなたに止めてもらいたい」
晶は深々と頭を下げる
そんな彼を、宮本はばつが悪そうな顔で見ていた
そんな表情は、次に奏斗に向けられる
「奏斗くん、おいで」
彼はソファで事を見ていた奏斗を優しく手招いた
奏斗はそれに素直に応じ、宮本のすぐ側まで歩む
宮本も椅子から立ち上がり、奏斗の目線に合わせるように少しかがんだ
近くでよく見るとわかる
首筋から肩にかけて、無数の真っ赤な鬱血痕は、彼の白い肌ではよく目立っていた
それを隠そうともしない奏斗のある意味いつも通りの態度に、宮本はいっそう複雑な気持ちを抱いた
「奏斗くんは、それでいいの?」
本当は首を振って欲しいと言わんばかりに、願うような顔をした宮本に、奏斗は構わず言い放つ
「いい、別に…あんたは嫌なの」
「…嫌だな、すごく嫌だよ。だって君は明らかに…」
「宮本、さん」
流暢とまではいかないが、普通に話す奏斗に、久しぶりに名前を呼ばれた宮本は、きゅっと唇を引き締める
奏斗は宮本の苦しげな表情を、ただ冷静に眺めていた
やはり彼の口調は淡々としていて、抑揚が全くない
それでもやはり、宮本にはわかる
どうしたって、彼は誰にも気を許すことはないのだと、思い知らされるのだ
「しかたない、どうしようもない。俺もアイツも、アンタも誰も悪くない」
「だからって、君が我慢する必要ないんだよ…?」
「我慢してたのは、アイツの方。俺は少し、妥協しただけ」
震える声で訴える宮本の言葉を、奏斗は悉く躱していく
それでいて奏斗の言葉に宮本は反論できずにいた
元から気づいていた
晶の奏斗に向ける執着心は常軌を逸しており、宮本と会った頃には手遅れだったのだ
それを宮本は、己の様になって欲しくないと、押し付けがましく晶の気持ちを抑え込み、葛藤し苦しむ彼から目を逸らし続けた
こうするしかないんだ、と
自分勝手にそう考えてしまったのだ
結局、宮本が晶にしていたことはただの抑圧だ
根本は何も解決していないのに、宮本は愚かにも知らぬふりをしたのだ
だから晶はいずれにせよ、こうなっていただろう
今更だと言えば、その通りだった
変わることのない事実を、無理やり捻じ曲げようとして、晶には悪いことをしたと思っている
本当は素直で優しい子なのだ
人が人を愛することは、何もおかしいことではない
ただその相手が、血の繋がる兄弟と言うだけで、宮本は受け入れ難く感じてしまったのだ
選ぶのは、彼ら自身だと言うのに。
奏斗と宮本の会話を、晶は申し訳なさそうに縮こまって聞いている
口を挟むでもなく、奏斗の言葉を、一言一言噛み締めるように聞き入っている
その姿を見て、宮本は後ろめたさを感じてしまう
そんな宮本の心境を奏斗は理解しているのだ
だからこんなにも堂々と、なんの躊躇もなく言うのだろう
「もう、帰って」
「…わかった。今日はもう行くよ…困ったことがあったら、何でも言いなさい。いつでも、君の助けになるから」
折れるにはそう時間はいらなかった
黙ってしまった宮本を突き離すように奏斗は冷たく言い放つ
それでも宮本は素直に頷いた
部外者はもうこの場にいる必要はない
ここからは、彼らの時間なのだ
立ち上がり玄関へしおしおと歩く宮本を、晶は奏斗を連れて、2人で見送ろうと着いてきてくれた
今やその態度に酷く安心してしまうのは、2人の表情が柔らかく見えたのは、彼らに宮本を責める気はないからだと、そんな優しさに無意識に甘えている自分を、酷く情けなく思った
「これあげる」
扉に手をかけた時、奏斗が何かを差し出した
気になり宮本は手のひらを差し出す
奏斗がそこにカラカラと何かを乗せた
それはゴツゴツしていて石のような硬い何か
貝殻だった
綺麗な形、色をした天然の貝殻が、細い紐に通されたブレスレットだった
「お揃いです」
不思議そうに見つめる宮本に、晶が言った
晶が自身の腕袖を捲ると、そこから覗くは宮本の手元にあるものと同じ形をしたブレスレット
「奏斗が集めてくれたんです。ほら、奏斗も同じやつを」
晶は奏斗の腕を取り袖を捲る
そこから出てきたのはやはり宮本と同じブレスレットだった
ああ、この子たちは、なんて温かいのだろう
かつて感じることのなかった感情が、宮本の心臓を埋め尽くす
今まで自分は何を迷っていたのだろういたのだろう
彼らはこんなに純粋なのに、宮本は頭ごなしに否定して、本質を見ようとしなかった
今になってわかってしまったのだ
かつては虐待により痛々しい締め後が残っていた奏斗の手には、今や美しい貝殻が回っている
それは晶が本当に、奏斗を大切に思っていると言うことを表していた
「…ありがとう。また来るよ」
「はい。今度は3人で海に行きましょう」
「疲れるから、やだ」
「ははっ、いいよ、俺のことは気にしないで…きっと君たちは、大丈夫だから」
最後の独り言のような小さな言葉は、2人には聞こえなかったようで仲良く首を傾げていた
そんな2人の頭にぽんっ、と手を乗せる
「大きくなったね…」
「え、な、何ですか急に?」
「うざい」
晶は照れるように笑い、奏斗は一瞬にしてその手を鬱陶しそうに退ける
そんな光景も、宮本は愛おしそうに眺めるのだ
できればこの幸福が、いつまでも続くことを、宮本は祈るのであった
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