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第4話
俺がカイルにもう一度再会したのは、それからずいぶん後だ。
領主さまの一番忙しい納税関係の時期が続き、何をどうやったって、馬を飛ばして一日は掛かる辺境の村に行く暇は作れなった。
幸い、カイルと村の共同の取り組みは奏功しているようだ。村長には定期報告を課しているので、十日に一度くらいは書簡が届く。もちろんそれは村全体の報告であって、カイル個人の様子が書かれているわけではないが、新しく植えた薬草の最初の収穫があり、想定よりもやや多かったとか、畑の畝の高さと向きを変えることで収穫量が上がったとか、新しく三人の子が産まれたけれど、どの子も健康で、母親の産後の肥立ちもいいだとか。特に産褥熱で寝付くことが珍しくない中、褥婦全員が健康というのが素晴らしい。とにかくそういう、比較的良い知らせの多い報告を日々の楽しみとして領主業に勤しみ、晴れてようやく再訪できたというわけだ。
「あ、領主さまだ」
「おう」
「あ、本当だ。久しぶりに見た。税金取り立てに来たの?」
「ちげぇわ。この村の税金は、大人たちがとっくに納めてる」
「じゃあ何しに来たの?」
「領主さまは、理由なんかなしにいつどこに現れたっていいんだよ」
「えー、ちゃんとお仕事しなよー」
「それはそうね」
久々に村まで視察に来たら、入り口を過ぎて馬を降りたくらいで子供に囲まれていじめられた。ひどい。税金の取り立てなんか、ヘタレの俺ができるわけねぇだろうが。馬を預けて村長の家をまず訪問する。村長的にはどうやら俺の親みたいなつもりらしく、「長いこと顔も見せないで無事だったのか」とお小言をもらった。いやここ、俺の実家じゃねぇんだけど。でもまあ、気分はいい。ありがたいとも思う。
「報告の書簡、欠かさないでくれて助かる。あれのおかげで他の奴らの説得がしやすい。具体的な租税とか補助は、俺じゃなくて実務者が決めるからよ。一応俺の意見は伝えているが」
「いつまでも領主さまに庇ってもらっているようじゃ先はないですからね。我々で頑張りますよ」
「お、おお」
「それで、本日はどうされました?」
「え?いや、まあ、一応様子見に?視察だよ視察、領主さまの」
「相変わらず、お供の方もいらっしゃらず」
「嫌われてんのよ」
「お気の毒でございますねぇ」
「うるせぇわ」
「食事を用意しましょうか」
「いや、道中で食ってきた」
「どうせまた好き嫌いしたんでしょう」
「あのね、村長、俺はもう大人だから。これ以上でっかくなんなくていーんだよ」
「夕飯は、こちらで召し上がりますか」
「あーうん、そうするわ」
「カイル殿もご一緒に」
「うん」
「領主さまのお好きなものを作らせましょうかね」
村長に勝てる気がしないので、早々に屋敷を後にする。そして、ソワソワと落ち着かず、村の中をうろつき始める。だってほら、今日カイルがここへ来てるから。なんていうの?逢瀬?待ち合わせ?どこにいるんだ?
それを考える間もなく、出会う人出会う人が次々に教えてくれた。
「領主さま!カイル先生ならあっちの畑だよ!」
「そうか、ありがとな。よお、勉強、どんな調子だ?」
「よくできましたって、いっつも褒められてる!いっつも!!」
「マジかよ、やるじゃねぇか」
「多分おれ、領主さまより賢い!」
「この村の将来は安泰だねぇ」
「あら、領主さま。お久しぶりでございます」
「おう。あ、お前さんはあれだ、森の整備でよく働いてくれたって聞いてるぜ」
「うふふ。そうです。あたしの狩猟の腕で、こちらを食べようと迫りくる獣たちを次々に食料にしてやりました」
「頼もしいなぁ」
「カイルさんもそうおっしゃってくれましたよ。ああ、あそこに」
村中全員かはともかく、うろついてる俺に声を掛けてくれるくらい気安い連中は、カイルのことを快く受け入れてくれているようだ。遠くから手を振ってくれる人とか、すれ違いざまに会釈をくれる人とか、集団で追い抜きざま挨拶してくれる子供たちが、楽しそうで安心する。畑地帯にたどり着き、点々と作業している人の一人を、懐かしい気分で眺めた。その視線に気づいたのか、カイルがこちらを振り返った。そして、ゆっくり向かってくる。
「……よう」
「今着いたのか?」
「そう、さっき。村長に挨拶して」
「そうか」
カイルの雰囲気が、少し変わった。雰囲気というか……体型?少し逞しくなったような印象だ。それを伝えると、村の畑仕事を手伝っているからかもしれない、あと、ここへ来るたびにものすごくたくさん食べさせてもらえてと言う。いいぞ、村の皆さん。こいつ好き嫌いしねぇし、食わせ甲斐あるんだろうな。
「村の畑って、薬草以外も?」
「ついでだ」
「そんなんだから、村の連中も嬉しくて食わせるんだな」
「ありがたいことだ」
ありがたいのはこの村の方だろう。働き手はあればあるだけいい。カイルはうまく馴染んでくれている。本人が変に気を遣わず気の向くまま自由にやっている結果がこうなら最高だ。汗を拭きながらカイルが俺をじっと見て、ふと笑って肩を竦めた。なんだお前さん、その人間らしい仕草はよ、かわいいじゃねぇか、今笑ったよな?
「……なに」
「いや、ずっとこのところ晴れていたのにと思ってな」
「え?」
「もうすぐ雨が降る。結構強いだろう」
「え?」
天気の崩れるのを察しているのはカイルだけではないようだ。作業していた連中が空を見上げ、パタパタと片付けを始めた。カイルが指をさした山のほうに、黒い雲が見える。降るのか?まだ真上の空は青いが。そう不思議に思ったら、ひんやりとした風が吹き抜けた。
「猶予はない。仕事が残っているなら急げ。段取りを変えないと、動けなくなるぞ」
「了解」
雨が一時のことなら軒下で休む。長時間の降雨であれば、家にこもる。狩猟や農耕で生活するのであればそれが普通だ。畑にいた連中はもう急ぎ足で畑から離れ始めている。カイルも大きな背負子に道具を放り込み、担ぎ上げて、さっさと行ってしまった。俺は慌てて村長の家に取って返す。夕飯の約束をしたけれど、それを断りにだ。村長も雨の気配に気づいていたらしく、俺が顔を出したらすぐに食べられるものを折り詰めにして持たせてくれて、カイルの分もあるから早く帰れ、もう降るぞと急かされた。ありがたい、明日また顔を出す、そんなような挨拶をして、屋敷を出たらもうすっかり空は暗くなり、いつも寝泊まりする家に着くころにはびしょぬれだった。
「うええええ」
「おかえり。風呂、できてるぞ」
「ああ、ありがとう。お前さんも?」
「収穫したものを倉庫に運んでいたら、間に合わなかった」
そういうカイルは風呂上がりでさっぱりして、濡れた髪を拭いている。その着替えた浴衣とか、ほとんど何もなかったこの家に、ちらほらと日用品が増えている。カイルがここで時々生活しているからだ。それが何とも言えず、嬉しかった。
「これ、村長が、俺らで食えって。あー濡れたか」
「ありがたいことだな。問題ない」
「うん。風呂行ってくるわ」
「ああ」
えー!このやりとりヤバくない?なんかこう、一緒に住んでる二人……的な!?さっきおかえりとか言ってくれたし!そう考えたら顔面が駄々崩れになりそうで、持たされた食事をカイルに渡して、俺はそそくさと風呂へ逃げ込んだ。頭から何度もお湯をかぶって、雨で冷えた髪や身体を洗う。なんか、緊張するな。久しぶりに会えた嬉しさを噛みしめながら、高揚感を落ち着かせる。
「これやるよ、俺の分」
「貴様は好き嫌いが多すぎる。ちゃんと食え」
「はぁい。お前さん、飯どうしてるんだ、こっちに来てるとき。誰かがどうにかしてくれてるか?」
「ああ。勉強を見る日は子供らが家から俺の分も持たされて来ていて」
「ぶふ」
「何がおかしい」
「いや?それで?畑の日は」
「一つの畑を一緒に耕す人は、みんな一緒に食事をすると」
「うん」
「十人も十一人も変わらないと言って、俺の分まで用意してくれている」
「そうか」
「そういう無償の厚意には慣れていないしお返しができないから心苦しいんだが、先日、膝と腰が痛いと相談があって、いろいろお話したら、少しは役に立ったらしく」
「いや、超助かるだろ」
「だから、……甘えている。遠慮される方が気分がよくないと、皆さんがそう言ってくれるから、ありがたく」
「そうか。ここで寝泊まりして、不便はないか」
「全くない。水も火もすぐ使えるし、建物も立派だし、村の人が、あれこれと持ってきてくれる」
「なるほど」
風呂から上がったら、カイルが食事の支度をしてくれていた。食卓には見覚えのない食器類が並んでいる。目いっぱいかわいがられちゃって、かわいいったらねぇな、このお薬屋さんはよぉ。温かいお茶をすすって、カイルを盗み見る。かわいいね、お前さんは。愛しいよ、お前さんが。カイルの話は、全部面白い。こちらの村での話もそうだが、そもそもの自分の土地での生活の変化を教えてくれて、時々俺の希望が叶っている節があって、ああ、よかったと嬉しくなる。あと、村民の皆さんに頭が上がらねぇ。
「おい、残すな」
「今食べるって」
「片付かんからさっさと食べろ」
「はぁい」
「まったく」
あんまり好きじゃないおかずを、皿の端に残していたらカイルに叱られた。観念して渋々箸を取ろうとしたら、カイルがそれをひょいと取り上げて俺の口元に寄越した。
「口を開けろ」
呆気にとられてぽかりと開いた俺の口に、そのおかずは放り込まれ、カイルは食器を片付け始める。俺は味もわからないままそれを飲み込み、大きな溜息を吐いた。炊事場へ行ってしまったカイルには聞かれなかったけれど。何あいつ、もう、何なのあいつ。うな垂れる間もなくカイルは戻ってきて、俺の心臓はドキドキが治まらない。
食卓が片付き、すっかり日が暮れて窓の外は真っ暗だ。風はないのでそれほど騒がしくはないが、降り続ける雨の音が家中を包んでいる。飯も風呂も話も済んで、やることっつったら、まあ、あれなんだけどよ。切り出しにくいじゃんね。緊張すんね。今までどうやって女を寝所に連れ込んでたんだっけかな。連れ込まなくても、寝所に行ったらいたんだっけか。まあ、とりあえず、そう、寝所だな。どうやって?
「……あのさ」
「なんだ」
「あー……この間の続きなんだが」
「ああ」
「なんかこう、ちょっとだけ、ほんの少しだけでも、俺のこと好きになったり、したか?」
好きになって欲しいんだよな、俺は。そんで抱きたいわけ。はじめの一歩は、好意が欲しい。モジモジボソボソと話す俺に、カイルは半ば呆れたような視線を寄越す。わかってるよ、お前さんはそういうのどうでもいいと思ってんだろ?でも俺にとっちゃ大事なことなんだよ、わずかな拠り所なの。
「別に嫌ってないと、言ったはずだが」
「お前さん、嫌いな奴いねぇだろ」
「……確かに」
「じゃあ、俺以外に好きだって言われても、俺に言われても、変わらんってことだろ」
「……そう、なのか?」
「ちょっとだけでも、お前さんの中に、俺にならいいよっていう感情がねぇと、なんか、無理強いだろ、自分が許せなくなりそうなんだよ」
「凌辱と変わらんということか」
「そんな事態は絶対に避けたいってことだ」
「わからん。比較対象は過去に性交渉の相手をした隣の領地の人間だ。彼らに対する感情とは違う。それでは貴様は納得できないのか」
「どう違うんだ」
「……今日貴様が来るんだなと思って、少し落ち着かなかった。久々に顔を見るし、そういうことをするのかもしれないと。でも別に憂鬱な気分にはならなかった」
「俺を好きってこと?」
「よくわからんが、しないならしないでいい。貴様の好きにすればいい」
「……」
「……好きにすればいいなど、貴様にしか言わん」
その一言で、俺は天にも舞い上がるような気持ちになる。俺にしか。俺にだけ。好きとか惚れてるとか、そういうことはよくわからないと繰り返すカイルが、俺にだけ気を許してくれている。傷つけたくないし間違えたくないけれど、今のところ最高の返事なんじゃないだろうか。
「……捕まえずとも、逃げる気はないが」
「へ?」
あ、しまった。覚悟を決めておもむろに立ち上がって寝所へ向かうのに、完全に無意識でカイルの手を握って連れて行こうとしていた。俺の手と俺の顔を、怪訝そうにカイルが交互に眺めている。慌てて指を開き、カイルの手を離す。
「悪い。手ぇ繋ぎたかっただけ……」
「紛らわしい」
カイルは眉間を寄せて、改めて俺の手を握ってくれた。すまねぇな、ちょっと落ち着かねぇとな。カイルはもう一度俺を見上げて、それで?と聞いた。
「ん?」
「どこへ」
「え?寝床」
「寝床。なんだまだ覚悟が決まらんのか、だらしない」
「え?いや、がんばるつもりだが」
「寝床は寝る場所だろう」
「そうね」
「……まさか、寝床でする気か?汚れるだろうが」
どうしよう。うまく説明できる自信がない。カイル、お前さんは、どういう搾取を受けてきたんだ。俺の想像をはるかに超えて、まともに抱かれたことなんかなくて、ただ、そう、いつも本当にその場しのぎで。たまらず、ぎゅっと手を握る。
「汚れたら洗えばいいさ。洗濯は得意だ」
「……そうか」
「ああ。気が向かんか?」
「別に。貴様のやりように任せる」
「助かるよ」
動揺を隠して廊下を歩き、いつもカイルが使っているらしい部屋を通り過ぎて、別の寝室に入る。寝台が一つと書き物机と椅子、ただそれだけの部屋だが、下心がやばすぎて、淫靡な監禁場所みたいに見えてくるから恐ろしい。自分に嫌気がさしつつ、よっこらせと寝台に腰を下ろし、隣にカイルを座らせる。
「あー……疲れてねぇか?」
「なぜ」
「……畑、出てたし」
「貴様は長時間移動してきて疲れているのか」
「いや」
「……」
「……」
「まだ俺に気を使ってるんだろう、貴様のことだから」
「そりゃ使うさ。大事なんだから」
「口でさせられるのは、好きじゃない。それ以外は、貴様の好きにしていい。ほかに確認したいことはあるか」
つないだ手を強く引いてカイルの肩を抱きよせ、ぎゅっと目をつむって怒りをやり過ごす。好きじゃない、なんて生易しい拒絶ではないはずだ、本心は。もっと強く、絶対に嫌だと、言っても構わないのに。俺はまだ信頼が足りないようだ。
「貴様のしたいように。俺がそれでいいと言っている。それに」
「ん」
「……貴様にここへ連れてこられた日から、俺は、いろいろ考えた。考えを改めた。年長者の意見を聞いたし、同年配の人の話もだ」
「うん」
「みんないい人で、どうにか役に立ちたいと思うし、恩返しをしたいと思う。そういう話をしたら、じゃあまず自分からだと言われた」
「うん?」
「自分から……まず、俺から、俺を大事にして、楽しく過ごしなさいということだった。困りごとがあれば誰かを頼って、心配や不安を解消するべきだと」
「そうか」
「不安も心配も困りごとも特にないと、その時は答えた。実際そうだから。でも、難しく考えすぎだと言われた。例えば、こうだったらいいのにということはないかと」
「うん」
「なくは、ないと」
「そうか」
「だから、あまり、あれこれ決めないで貴様に頼って、任せてみたらどうかと思っている。そうしたら、知っていることも違う側面が現れて、何かが変わるかもしれない」
「変わりたい?」
「変えるべき点は多々あると、最近とてもよくそう思う」
「無理する必要はないだろう。今のままで、お前さんは十分魅力的で、いい奴だ。でも、こうなったらいいのにが、あるんだな?」
「ある」
「うん」
カイルの希望が全部叶うといいなと思った。つないだ手をほどいて、カイルを自分の腿に跨らせて向かい合わせになる。そうすれば、カイルのほうが目線が高くなる。図体の大きい俺が上からのぞき込んだり押さえつけたりするのは多分不快だろうと想像して、カイルの腰の後ろあたりで手を組んで彼が落ちないように支え、茶色の瞳を見上げた。カイルはいつも通り表情を変えず、見つめ返してくれる。ああ、かわいい。よいしょと首を伸ばして、唇を合わせた。軽く触れたカイルの唇は、薄いのに柔らかい。
「……なに?」
最近気づいたんだが、カイルは全くわからないことに遭遇するとゆっくりと首をかしげて俺を見る。かっわいい。なに?じゃねぇよ。食いつくすぞこのかわいい薬屋め。
「なにって」
「今の」
「……おー……なんつーか、親愛の情を、こう、表す、行為、かな」
「ふうん」
「初めてだったか」
「ああ」
「そう」
やべえ、顔が熱い。多分耳も首も真っ赤だろう。カイルが一つまばたきをして、不思議そうに俺を見ている。心臓がバクバクいってる。想定外だったからよぉ。ああ、そう。初めてね、ふーん。
「大丈夫か?貴様真っ赤だぞ」
「よゆーですけど」
「そうは見えんが」
カイルの指が、俺の耳たぶに触れて、もうどうしたらいいかわからない。こんなに緊張するか?動揺するか?カイルをまともに見ることができず視線を泳がせていると、カイルの指が移動して、柔らかく俺の涙袋の辺りを押した。
「クマができている」
「ん」
「不摂生か」
「ん」
「感心せんな」
「ん」
真面目な領主さまを気取ろうと思えば、惰眠を貪っている暇はない。しかしそれで身体を壊すのは本末転倒。でもほら、今日ここに来たかったから、時間を工面するのに多少は無理したよね。普段は規則正しい生活をしてる。心配されているならそれは伝えておかないとな。
「いつもはちゃんと」
目線を上げて口を開いたけれど、言葉は途切れた。カイルが俺のクマに唇で触れたからだ。右、左。見開いた俺の目には、カイルの肌しか見えなかった。
「場所は、口だけか?」
「……どこでも大正解」
「そうか」
……待ってくれ。殺傷能力が高すぎるだろう。俺は呻きとも溜息とも悲鳴とも取れないような声を撒き散らしながら、ぎゅうううっとカイルを抱きしめてその肩のあたりに額を押し付けた。あるのか、親愛の情。俺に対して、あるんだな。嬉しい。やばい。加減ができなくなりそう。
「苦しい」
「すまん」
「領主というのは、そんなに腕力が必要なのか」
「荷物にはならんから、ほどほどに」
「感心だな」
「ん」
ああ、かわいい。嬉しい。寝巻用の柔らかくて細い帯をほどいて浴衣の合わせを開くと、目の前にカイルの裸が現れる。でも、俺はそっちじゃなくてカイルの顔を見上げていた。表情を、確かめていたくて。
「カイル、好きだ」
「……もう、惚れてはいないのか」
「惚れている。ぞっこんだ」
「そうか」
「うん」
俺の説明が悪かったのか、カイルは好きの上位が惚れているだと理解しているようだ。好いてるよ、惚れてるよ、愛してるよ。俺の言葉は、お前さんにとって価値があるか?
「村の、人が、よく」
「ん?」
「……領主さまは、カイルが好きなんだなって」
「ほー」
「見てればわかるって」
「へー」
「……カイルはしあわせ者だなって」
「それは、他人が決めることじゃねぇよ」
誰かに好かれることは悪い話じゃない。でも、そこにしあわせを感じるかどうかは別だ。俺がそういうと、カイルは少し安心したように表情を緩めた。つまらない観念にお前さんを縛りつけたりはしない。そのままでいい。なあ、それでも、お前さんは俺と肌を合わせていいと思ってくれるか?それともこんなことは日常で、いいも悪いもない、たいしたことはないと思っているのか。俺にとって、お前さんと過ごすこの時間は本当に特別なんだよ。
「ありがたいとは、思ってる」
「よせよ」
「貴様は親切だから」
「下心があるんだよ」
「でも、無理強いはしないし、俺を、……俺に、指図しない」
「そうだとしても、いい人認定には早いぜ」
「いい人だとは言ってない、一言も」
「こりゃ失礼」
カイルの浴衣を肩から落し、むき出しになった背中に手のひらを当てて支える。生まれてこの方、男の乳首の存在意義を疑問に思ってきたが、この状況になると吸い付きたくなるのだから不思議なものだ。
「これ、使っていいか」
「まともか?」
「多分」
「じゃあいい」
これ、というのは俺が持参した潤滑油だ。カイルの手持ちも多分あるだろうが、隣の部屋まで取りに行くのも面倒だし、俺もちゃんと用意していると安心させたい。ちなみにこれは、俺の実家のお抱え薬師に作らせた。とにかく質の良い材料で、余計なものは入れるなと厳命したそれは、蓋を開けてみるとわずかに甘い香りがする。余計なものを入れやがったな、あのくそばばあ。家に戻ったらぶっ飛ばす。
「悪い。まともなものを作らせたはずだったんだが、なんか入ってるな。お前さんのを使おう」
「いや、それはまともだ。その香りは入っていておかしくない成分だ」
「そうなのか?」
「ただ、普通は入れない。貴重で高価だから」
「ふうん。ま、お前さんが良ければ何でもいいさ」
「貴重で高価なんだぞ」
「うん」
「だから、俺じゃなくて別の人に使え」
「これはお前さんと使うために用意したもんだし、お前さん以外の誰かとこういうことをする予定はない」
うん、ない。カイルのことで頭がいっぱいだから、ほかの誰かと寝ることを思いつかないし、自慰の時に思い浮かべるのはカイルのことだ。もったりとした質感のそれを器から指で掬い取る。体温で溶けていくらしく、ゆっくりと滴が伝い始める。
「いいか?」
「……貴様が、いいなら」
「そっちじゃねぇけど」
「使っていいと、……使うようなことをしていいという話だろう」
「そう」
首を伸ばして、もう一度カイルに口づける。慣れないからか、少し顎を引いて唇を結んで、でも一応逃げずに受け止めてくれた。口、開けてくれねぇかな。急ぎすぎか。溶けていく潤滑油を指に絡めて、浴衣の下は何もつけていなかったカイルの臀部のあわいにそっと触れる。ぎくりとカイルが身体を強張らせて、俺の寝巻の肩の辺りを握る手に力がこもった。我慢させてるのかな。不安になって顔を覗き込んだら、もの凄く怖い顔をしていた。
「貴様の、触り方がっ、貴様が、さっさとしないから、びっくりしただけだっ」
「ごめん」
「謝るな」
「はい」
「さっさと済ませろ」
「やだ」
冗談じゃねぇ。ゆっくりじっくりやらせてもらう。俺を受け入れてもらう場所を丁寧にほぐしながら、全く存在感のない乳首に吸い付く。目の前にあれば弄らずにはいられないのだからおかしな話だ。周囲を舐めては突起を舌で押しつぶし、大きく咥えて吸う。空いた手でもう片方は抓んだり引っ張ったり捩じったりする。カイルが動くから、俺の太ももから落ちてしまわないように乳首を弄っていた手を腰に回してしっかり抱えなおして、左右を交互に口に含む。時々頭上から、小さな声と、短い吐息が聞こえて、乳首を甘噛みしながら、カイルはどうされるのが好きなんだろうなぁと考えた。強い刺激より、優しい愛撫の方がいいのかな。尻の方も、もうずいぶん感触が柔らかくなってきたので、ゆるゆると入り口を押し広げながら内側をぐるりと撫でまわす。乳首はあんまり感じてないのかな。少しかたくなって多少存在感が増したとはいえ、唇で食むのさえ難しいくらい控えめな乳首を、べろりと舐めあげてちゅうっと音を立てて吸う。そうしたら、カイルの拳が俺の肩に振り下ろされた。びっくりして顔を上げると、カイルは真っ赤になって眉間に皺を寄せている。これは、やばい、しくじったのか。
「カ」
「さ、すがは、音に聞こえた淫蕩領主さまだな。と、床上手な、ことだ」
「カ」
「そ、そんな風に、あちこちを」
「……えーっと」
「さっさと突っ込め、ばか領主」
「やだ」
「さっきから貴様は」
「俺の好きにしていいんだろ?お前さんさえ嫌じゃなければ、もっとしたい」
「もっ……!?必要、ないだろう」
「必要?あるぜ、お前さんの全部が欲しいと、言わなかったか」
「知らんっ、いいからさっさと」
「もうちょっと」
「こんなの」
「お前さんにずっとさわっていたい。終わりたくない。お前さんは、さっさと終わらせたいか?」
「突っ込んで、吐き出せば、満足だろう」
「全然。そんなんじゃやだ」
「……もう、好きにしろっ。貴様はちっとも俺の言うことを聞かん」
「こんな俺は、嫌いか?」
「……別に」
「好き?」
「……」
「まあいいや。俺がお前さんに惚れてるんだし」
気まずそうに目を逸らすカイルを愛しく見上げて、そうか、いつもそういう行為だったのかとだいたい把握した。お前さんが知っている行為とは、別のことをしような。きゅっと閉じられた薄い唇に唇を合わせ、ちらりと舐めると、カイルは身体を強張らせて、肩を跳ねさせた。こういうのは抵抗を感じるかな。口の中とか唾液とか。濃厚な接吻は諦めて、頬や額に唇を寄せては顔を離し様子を見ていると、カイルが視線を泳がせながらかわいい小さな声を出した。
「……口、吸うのか」
「……親しくなると、吸う、かな」
「それはこういうことより、よほど難易度が高いように思う、俺は」
「今じゃなくていい」
「ああ」
「うん」
俺が笑って頷くと、カイルはようやくこちらを見てくれた。まあ、本音で言えば限界ギリギリなんだけど。今すぐ全部ぐっちゃぐちゃにしてベロンベロンしたいんだけど。軽蔑されたくないから我慢してるだけで。目を合わせていると我を忘れそうになるから、頬に口づけをして、首筋や肩にも吸い付いて、カイルの股ぐらに手を伸ばす。俺は気持ち同様股間のアレも限界極まってるんだけど、カイルのはまだ頭が完全に出切ってない程度だ。握ってゆるりと撫でたら、また拳が肩に振り下ろされた。さっきよりかなり強めだ。
「いてぇ」
「そんなところまで触るのかっ!?なんで!?」
「えーっと、男にしたら、ここが一番気持ちいいかなって思うし、抵抗あるならよそうか」
「信じ、られな」
「全部触りたい、俺は。お前さんが許せる範囲なら、全部」
「い」
「いやか?」
「いい、けど、何が楽しい、のか、そんなもの」
「なんだろうな?わからんが……本能かな。好きなものは触りたいだろ」
「知らんっ」
「落っこちないでくれよ。俺の首に掴まって」
「いやだ」
「つれないねぇ」
カイルのがどんどんかたくなって、さらに撫でていたら小さな穴からぷくりと粘液が零れた。それを親指の腹で塗り込めるように先端を撫でたら、粘液は増え、カイルは身体を強張らせ、背を丸めて、息を詰める。相変わらず俺の肩のあたりを握りしめているカイルの顔を覗き込めば、真っ赤だ。無理しなさんな、と囁いて、食いしばっている唇の端に口づけると、緩慢に首を横に振る。
「へーき、だ」
「そうか。気持ちいいか?」
「……最中に、そう聞かれることは、好きじゃない」
「わかった。もう聞かない」
「ん」
「好きだよ」
「ん」
陰茎を上下に擦るのに合わせて、カイルの尻を弄る。乳首に舌を伸ばす。押し殺したようなうめき声と、浅い呼吸。ヒクヒクと震える腹。潤滑油をカイルの陰茎に塗り足して、ぬるぬると射精を促すと、カイルは握りしめた拳でゴツゴツと忙しなく俺の肩を殴り、声を絞り出す。
「も、出る、から、汚すからっ、ん、あ、はな、せ」
「構わんよ」
「だめだっ、汚いから、だめだっ」
俺にだって言い分はある。精液が汚いかどうか、汚いってのは不衛生ってことか?病気とか?そういうのはわからないけど汚いとは思わないし、それを掛けられたからって汚されたとも思わないし、そもそも射精が一回で終わる予定でもない。一晩かけてそこらじゅうに飛び散るだろうが、あとでまとめて洗えばいい。なんなら、口ですることにさえ抵抗はない。でも、カイルは泣きそうで必死で、俺の手首の辺りに爪を立ててやめさせようともした。そんな相手に自分の理を通す趣味はない。腕を伸ばして諸々と一緒に置いてある懐紙を掴み、カイルの陰茎の先に宛がって包む。
「これで大丈夫だから、出せ」
射精感に抗い続けることは難しい。カイルは怯えたような表情を一瞬見せて、ギュッと目を閉じて果てた。その声も吐息も、それはそれは扇情的だった。理性を打ち砕かれるような思いだったが、眉根を寄せたカイルを見れば、当然これ以上無体を強いることはできない。懐紙を丸めて屑籠に放って、往生際悪くもまだカイルの中を弄っていた指も抜き、その手も懐紙で拭いて、カイルを見上げて笑いかける。
「悪い、無理させた」
「……」
「汗かいたな。もう一回風呂行くか」
「……なんだと」
「今日のところは、まあ、このくらいで」
「貴様のそれは」
「お行儀が悪くってな。まあ、放っておけばいい」
「ふざけるな」
「ふざけてない」
「……口でしてやる」
「お前さんこそふざけたこと言うんじゃねぇよ」
「じゃあ!」
「機会はまたあるし、今夜じゃなくてもいいだろ」
「また逃げる気か」
「いやいやいや」
「さっさと突っ込め。ぐずぐずねちねちしやがって」
「いやだから」
「貴様が始めて、ここまでしておいて、俺が構わないと言ってるんだ!勝手に気を回すな!」
確かに勝手に気を回してるのは俺だけどよぉ。心底惚れた相手に嫌われたくないし、どうかすると簡単に傷つけるのがわかってるし、ビビっちゃうのが恋心ってもんなわけ。そんでもって、ここまで言わせて食わないわけにもいかないってのが恋心の裏側ってもんなわけ。でもそうなるといろいろ、台無しになるのも目に見えてるってわけ。苛立ちだか怒りだかで恐ろしく怖い顔のカイルの腰を両腕で抱えなおし、鎖骨の辺りに軽く口づけをして茶色の目をみつめる。
「うまく、いかねぇもんだなぁ」
「……」
「全部俺が悪いんだけどよぉ。ギリギリんとこで、どうにか踏みとどまってるけど、あっという間に化けの皮剥がれる。理性が吹っ飛ぶ。忍耐足りてない、俺」
「……最初に言った。寝台が汚れる心配はあるが、別に、どうされても、貴様ごときに怯んだりなどしない」
「お前さんはさ、そう言うけど」
「貴様とする性行為が、俺の経験してきたものと違うんじゃないかと、思っている」
「……うん。そうだ。違うよ」
「それを確かめたいと思った。だから、俺の意志でこうしているんだ。勝手にやめるな馬鹿」
「カイル」
「貴様は俺が好きだから抱きたいと言ったんだ。もう好きじゃないのならそう言え」
「カイル」
「領土中の女を好きにしていた領主さまにしてみれば、俺の」
「好きだ。抱きたい。でも、嫌われんのはやなの。わかるか」
「嘘をつくな。俺に嫌われたって、どうということはないと、貴様だってそう考えているはずだ」
「そんなわけあるかよ」
「嫌われるのが嫌なんじゃないだろう。貴様は、この期に及んで、俺がここまで許しているこの状況で、それでもまだ、自分が隣の領土の連中と同じじゃないかを不安に思っているだけだ。勝手に、俺が嫌な思いをするかもしれないと想像して」
「……」
「何もわからないと思うか、俺が。確かに世間の常識には疎いし、物を知らん。それでも、貴様が俺を丁重に扱っていることくらいわかる。彼らがそうじゃなかったことくらい理解している」
「好きだからだ。惚れてるから、大事にしたいし、嫌われたくないし、抱きたいけど、ビビってる」
「そうか。もういい。放せ」
「カイル」
「放せと言った」
「お前さんが」
「なんだ」
「……お前さんがよぉ……俺なんかに、なんでも許すから、怖ぇえんだよ」
「なんでも許した覚えなどない。むしろ貴様を利用している。自分のために」
「無理しねぇかな、我慢してねぇかなって」
「してない」
「無意識に」
「知るか、そんなこと。くだらない」
「だから」
「だらしない」
「でも」
「なさけない」
「そ」
「これ以上どう俺から誘えばいいんだ、この馬鹿領主!根性ないならもうどけ!」
カイルの拳が、俺の腕に振り下ろされる。呆気にとられて一瞬何を聞かされたのかわからなかったけれど、頭に血が巡った途端、ものすごい勢いで顔が熱くなった。さそ、誘って、誘ってさ、た!?カイルの耳も赤い。えーっと、これはありがたく頂かないと恥をかかせちゃう据え膳だよな?ぎゅっとカイルを抱きしめて、そのまま寝台に転がる。おでこをくっつけて、好きだと囁いた。
「好き。抱きたい。ちょっと我慢してくれ」
「我慢、など」
「無駄に図体がでかくて顔が怖いけど、俺の好きにしていいか」
「最初から」
「あー、俺も脱いでもいい?上になってもいいか?」
「そもそもなぜ俺の寝巻を脱がせた?お互い局部が出ていればいいんじゃないのか」
「いいわけねぇだろ、俺の性欲舐めんな」
「貴様の性欲は知らんが、口では乱暴なことを言うくせに、笑えるほど慎重だな」
「笑ってくれていい。俺がお前さんをどれだけ好きか、それが伝われば笑わずにいられんだろうよ」
汗で湿る寝巻を脱いで床に放り、カイルの両膝を握って左右に大きく広げる。カイルが思いっきり変な顔をする。ああ、もう想像がつくぜ。お前さんは、まともに寝台で抱かれたこともなくて、ただ排泄行為の道具のように使われていて、だからこんな風に正面から抱き合うなんて初めてなんだろう。
「俺ぁよ、お前さんの顔も、大好きなんだよな。かわいいし綺麗だし愛嬌もあるし」
「は?」
「怖い声出すなよ。だから、顔見ながらしたいんだよ。お前さんだって、俺が何するか見えていた方が安心感ねぇ?」
「……貴様の好きにしていい、が」
「うん」
「……俺は身体がかたいから、あんまり無茶はできんぞ」
「了解」
カイルの腰の後ろに枕を突っ込んで、よっこらせと脚を抱える。不安気に、戸惑いがちに、俺を見上げるカイルに笑って見せる。
「無茶はしないけど、やっぱりちょっとは、痛いかも。我慢できなきゃ言ってくれ」
「はぁ?何をいまさら、当たり前だ、そんなものを入れられたら痛いんだ」
「痛くなくなるように頑張る」
「なるわけないだろうが。もういいからひと思いにやれ」
「んー」
張り切っちゃうよね、こういうの。俺は今までの奴らとは違うんだって、思われたい。何というか、印象に残したい、残りたいっていう欲求だ。カイルが俺から離れても、記憶していて欲しい。ふう、と息を吐いて、自分の陰茎を握ってカイルに挿入した。ゆっくりと、慎重に。ああ、気持ちいい。多分、人生で一番だな。
「やべぇ……」
「や、ばいのは、こっちだ……!」
「痛ぇか?すまん、ちょっと」
「動くな!」
めっちゃ痛いんだろうなぁ。俺もちんこちぎれそうなくらい締め付けられてキツイ。女ともこっちの穴でやったことないから不慣れだし、そもそも俺が抱いてたのは領主さまに抱かれるお仕事をしている女ばっかりだったから遠慮も気遣いも必要なくて、だからつまり、うまくやる方法が思いつかん。情けないような気分でカイルの顔を見れば、ギュッと眉根を寄せて、顔をゆがめている。
「カイル、痛ぇんだろ?」
「いたく、ない」
「ん、そうか」
「……いたくない、けど、苦しい、でかいんだよ、も、なんで」
「無理そうか?」
「いたくない、のが、気持ちわる、い」
「それは多分」
気持ちいい、になるやつじゃねぇ?と期待する。本当に痛くないのか。よかった。腹の奥に力を入れて、ほんの少しだけ、腰を前後に揺らす。いつまでも動かなければいつまでも終わらない。カイルもそれがわかっているから、もう俺を止めなかった。
「変な感じか?」
「ん、ああ、変な、そう」
「あれかな。お前さんの言う貴重で高価な成分のおかげか?痛くねぇのは」
「え?うん、そうかも、しれん」
「じゃあまあ、初手としては上出来か」
痛みがないのはいいことだ。枕の端っこを握りしめるカイルの手を撫でて、指を絡めて繋いで、ゆっくりとさらに中へ。カイルは目を閉じて、無理やり息を吐き出し、何かを紛らわせようとしている。その様子にどうしようもないほど興奮するのだから、俺は人として終わってるのかもしれない。動きを少し大きくしたら、カイルが呻いて身体を捩る。頭の中が、とけていく。
「カイル……カイル、俺が好きか?好きって言って欲しい」
「い、やだ」
「嘘でもいい」
「いやだ」
「言ってくれ」
「しつ、こい、いやだっ」
「俺は、好きだ。好きだよ」
カイルの平たい胸を撫でまわし、立ち上がっている乳首を摘まみ上げる。途端に背を反ってカイルが声を上げた。ああ、もう、どうすんだよこれ、お前さん絶対気持ちいいんだろうが、伝染するんだよ、俺だって死ぬほど気持ちよくなってきて、馬鹿になりそうなんだよ、気持ちいいよな?どうされたい?ここか?ちょっとかたくなってるの、ここが気持ちいっぽいけど、どう?逆にここは嫌か?あーもう、聞きたいけど、聞けない。ただひたすら、必死に自制しながら、カイルの顔を見つめて反応のよさそうなところを探る。汗が背中を流れていく。
「カイル」
「……っ!な、んだっ」
「やっぱ、人間、行動には発声が伴うもんだと思うんだよな」
「は、ぁ?」
「重いもの持つときとか、怖い思いしたときとか、声出すだろ」
「ふ、う」
「気持ち悪くて苦しいなら、声出せ。マシになんじゃねぇか?」
「ん、あ」
「俺もよぉ、やべぇから、お前さんの名前呼んで、紛らわせてんだよ」
「あ、あ」
「雨強くなってきたな」
「……っ、あ、うあ」
「カイル……好きだ、惚れてる、カイル」
カイルが好きだ。可愛くて仕方がない。こうして抱けるのが嬉しい。気持ちよさそうで安心した。逃げないで、できれば俺を、好きになって。ああ、誰かを抱くのって、こんなに気持ちよかったか。粘着質な音と、自分の呼吸の音と、雨の音と、寝台がきしむ音。静かにして欲しい。カイルの声が聞きたいから。
「カイル」
「ん、も、っと」
「え?」
「呼べ、もっと、好きって、言え……っ」
「好き。カイル、大好きだ。カイル」
「ん、ん」
「死ぬかも。死んじゃう。カイル、好き、好きすぎて死にそうだ」
身体を伏せてカイルを抱きしめ、あちこちに口づける。きつかった締め付けも柔らかくなり、時々奥が動く。もう少し、入れたい、もっと、入りたい。頬に触れて、茶色い目を覗き込む。その目が、少し細められて俺を見上げている。かわいいな。好きだよ。
「き、さまは、うるさ」
「だってよぉ、も、マジで、あー……好き……」
「あ、あ」
「辛くねぇか?触るぞ」
すっかり萎えてしまっているカイルの性器を掴んでゆるゆると扱く。途端に中が絞るように動いて思わず声が出た。カイルは顎を上げて自分の顔を両手で覆っている。
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