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第8話

入ってすぐの広間を抜けて 使用人たちが手招きをするほうへ大股で向かう 客人が来たら通す大きな部屋 そこへ通じる大きな扉を両手で左右に開き グリフォードはそこに愛する婚約者を見た 「マ」 「グリフ……!」 すらりとした身体に流れるように纏われた白銀の衣 腰には赤や橙の艶やかな紐が幾重にも巻かれて その腰まで伸びた輝く銀髪を翻しながらマディーラが立ち上がった グリフォードが何事かを言う前に彼に駆け寄り 満面の笑みでグリフォードに抱きついた 「待たせたな。逢いに来たぞ!」 普段接している隊員たちとは比べ物にならないほど華奢な身体 全力でぶつかってこられても グリフォードはピクリともよろめかなかったけれど マディーラの放つ愛らしさには眩暈を覚えて足元がふらついた マディーラは嬉しそうにグリフォードの首に腕を回して笑っている 「マ、マディーラ」 「そうだ。私だ。覚えているか?」 「も、もちろん」 「よかった……グリフ、ずっと逢いたかったぞ」 「俺もだ。俺もだよ」 「そうか。よかった」 満足そうに鮮やかな紫の目を細めて いつも遠くから見るだけだった花が咲くような笑顔が間近にある 突然のことにグリフォードはまだどうしていいかわからずに 綺麗な服が汚れるからとマディーラから少し離れた 「汚れたら、洗えばよいのだ」 「いや、ああ……そうだな。でもよく似合っているから」 「こういうときは、やはり白い衣装でなくてはな」 こういうとき 嫁入りということか 白に赤 確かにこの国の婚礼衣裳の配色だ グリフォードは感動のあまり涙ぐむほどだった 「マディーラ、覚えていてくれたんだな」 「もちろんだ。手紙だって、ちゃんと大事に持っている」 そう言うとマディーラは胸元から古い手紙を取り出して見せた 破れそうなほどボロボロな手紙 幼い日に渡したときと同じように マディーラは両手でそれを胸に抱いてにっこりと笑った 「ずっと、この日を待っていた」 「マディーラ……」 「貰ったときは読めなかったけど、勉強したんだ」 「そうか」 「読めたとき、もう一回嬉しかった」 「そうか……」 「何度も読んだから、もう覚えて」 「マディーラ」 服が汚れたら洗えばいい あなたに似合う服をいくらでも買い求めよう グリフォードは美しい婚約者を抱きしめた 俺の愛を全部受け止めてくれる男がようやく傍に 目も眩むようなしあわせにとうとう涙が出る 「グリフ……泣いてるのか?」 「ああ」 「そんなに寂しかったか?」 「ああ」 「もう、泣かなくていい」 あの時の俺、マジでグッジョブ!! こんなに綺麗で可愛い男と婚約するなんて!! ニコニコと笑顔のマディーラを見て グリフォードは自分の幸運を神に感謝した 「結婚しよう、マディーラ。俺のお嫁さんになってくれ」 「うむ。そのことなんだが」 マディーラは手紙を大切そうに懐に仕舞って 小首を傾げて綺麗な手を白い頬に当てて グリフォードをじっと見上げた 「グリフは私を愛してるのか?」 「当たり前だ」 グリフォードは即答した マディーラと愛を交わしたくてずっと生きてきたんだ そんなグリフォードにマディーラは微笑んで頷いた 「そうか……私はまだわからない。確かめたくてここへ来たんだ」 「嫁に来てくれたんじゃないのか?!」 「グリフ、今将軍か?」 「いや、今は違うが……」 「グリフは将軍になって、私をお嫁さんにしてくれると言ったんだぞ」 マディーラはぷくりと頬を膨らませて見せた かーわいいっ じゃなくて!! 「知っているだろう、マディーラ。水軍でも陸軍でも、俺は将軍だった」 「ああ。任命式に着る赤い礼服、グリフはよく似合っていてかっこいいな」 「ありがとう。マディーラ、だから」 「ずっとグリフに逢いたかったけど、随分離れてしまっていたから、少し不安なんだ」 マディーラはうるるした目でグリフを見る ほんの少し眉根を寄せた不安げな表情で 全部言え!全部俺が吹き飛ばしてやる!何が不安なんだ!? グリフォードは大声でまくし立てた 「私はグリフを、愛してるのかどうか」 「……そこか」 「あまり、グリフのことを知らんしな」 「……まあな」 「グリフも今は将軍ではないわけだし」 「……確かに」 「だからまだ結婚はできない状況だな」 「……了解だ」 突然現れた婚約者は まだしばらくは嫁にはなってくれそうにないらしい

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