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第9話

「マディーラ、でも俺はあなたを愛してる」 「嬉しいぞ!」 マディーラが笑顔でまたグリフォードにしがみつく これが! これで! まだ嫁になってくれないとかどんなプレイ!? グリフォードはマディーラを抱き上げて ふかふかの長椅子に座らせた 覆いかぶさるように腕の中に閉じ込めて 顔を寄せて囁く 「愛してる、マディーラ。早く俺を愛してくれ」 「うむ。少し、待っていてくれ」 「ああ……俺はどうしたらいい?」 愛する人が目の前にいる 花嫁衣裳で逢いに来てくれた婚約者だ 問答無用で寝所に連れ込むけどいいか? いいわけないよな…… グリフォードの苦悶はマディーラの笑顔で一蹴された 「好きにしていいぞ」 「え?」 「愛されるのは得意だ」 「……だろうな」 「グリフのことは大好きだからな!」 花が咲くように溢れる笑顔 当たり前だが美しい グリフォードは今日何度目かのめまいを覚える 好きにしていいと言われたわけだし これ以上は辛抱できない グリフォードはマディーラを遠慮なく抱きしめて口づけた なんでこんなに甘いんだ 匂いも味も甘くてそそられる 細い顎に手をかけて仰向かせて 小さい口の中を何度も舐めまわした かすかな音を立てて唇を離すと マディーラが上気した頬をしてグリフォードを見上げた 「……なんだ、これは」 え? 「今のは、なんだ?」 多少の自信は粉砕されグリフォードは一気に消沈した テクがなかったか 亀の甲より年の功という異国の言葉を聞いたことがある 陛下ほどの年齢であれだけの後宮を持っていれば それはもう大変な技巧をもって彼らを魅了されたのかもしれない それに比べれば俺の口づけなど「なんだ」レベルか そうだよな 見る見るうちにしょんぼりしたグリフォードを見て マディーラが慌てて首を振った 「すまぬ、グリフ」 「いや……俺が至らないばっかりに」 「いや、私が無知だった。今のが何か教えてくれ」 「……え?」 「あの、口づけ、か?」 「……マディーラ?」 「教えては貰ったが、したことはないのだ……すまぬ」 「え?」 マディーラはさっきよりもよっぽど不安そうな表情をしている 長椅子の上にちょこんと正座をして 綺麗な手を緩く握り締めて口元に当てている グリフォードは軽く混乱した 口づけをしたことがない? そんな馬鹿な でもマディーラが嘘をつく理由がないしそんな風にも見えない 「マディーラ。……色々と、教えて欲しい」 「なんだ?」 「俺は軍人だ。今は首都警護部隊にいて、王宮の警護を担当している」 「知っている。軍服のグリフを見かけたこともある」 「マディーラは、後宮にいたんだよな?」 「そうだ。前国王陛下のご寵愛を頂いて」 「……具体的に、聞かせてくれるか?」 「グリフになら、なんでも」 「ああ……口づけをしたことがないのか?」 「うむ」 至極真面目な顔で頷くマディーラを見て グリフォードはどうしたらいいかわからなくなった 後宮にいたマディーラ 前国王陛下のご寵愛を頂いていたと今言ったじゃないか ああ、そうか 下々のものが交し合う愛など陛下には縁遠いのかもしれない 口づけなど、いくら後宮のものにでもお与えにならないのかも 「マディーラ、千人にのぼるという後宮の中で」 「千人?十数人しかおらんぞ」 「ええ?!」 「千人もいたら、陛下のお身体に障るだろう」 「ああ……だよな」 十数人か ならば陛下のご寵愛を頂く機会も多いだろう グリフォードは複雑な思いでマディーラを見る 口づけすらしてもらえずに慰みものになっていたのだろうか 陛下は慈悲深く愛情あふれる方だと思っていたが 所詮側室というのは日陰の存在なのだろうか グリフォードは自分なら彼を下にも置かない扱いで 一生大事に愛し続けると決意を新たにした まだ少し不安そうにグリフォードを見上げるマディーラの頬を そっと優しく撫でる 笑顔は意識せずともこぼれる 「マディーラ。初めての口づけは、どうだった?」 「悪くない。ちょっと、……変な気分だ」 「そうか。俺は好きだ。いつもしたい」 「グリフの好きにしてかまわないぞ」 「優しくするから、今夜から褥をともにしてもいいか?」 「同衾か?うむ……」 「嫌か?夫婦でなくとも、かまわないだろう」 「うむ……上掛けの取り合いにならぬのか?」 グリフォードはちょっと黙った どうも話がかみ合わない どうしても色っぽい話にならない 取り急ぎ今ここで 自分がどれほどマディーラを愛しているか知らしめるべきだろうか したことがないという口づけを何度も交わして 身体をつなげて色々して 「……大きい上掛けを、用意しよう」 「おお!ならば、いいかもしれぬな」 「マディーラ、不行儀ではあるが、陛下と閨は一緒ではなかったのか?」 「まさか。なぜ?」 「……少し整理してもいいか」 「かまわんが、グリフ、お茶が飲みたい」 「ああ。用意させよう」 「ところで、私の部屋はどこだ?荷物があるのだ」 着のみ着のまま身体一つで嫁いで来てくれたと思っていたが 隣の間には入りきらないほどの侍従と彼の荷物が待っていた どうも想像していたのとは違う マディーラは想像以上に美しく天真爛漫で 彼の後宮での生活は謎に満ちていた 少なくとも今日は嫁入りの日などではないようだ 「マディーラ、嫁に来たわけではないのに、なぜ白い服なんだ?」 「今までずっと、白が一番似合うと言われてきた。……いかがだろうか?」 「とても、綺麗だ。俺の婚約者は世界で一番美しい」 「よかった。グリフに褒めてもらいたかったのだ」 グリフォードはようやく彼が傍にいる幸せをかみ締めた 自分の賛辞に飛び切り嬉しそうに笑うこの男を愛している

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