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第10話

グリフォードは結局その後仕事に戻った 使用人にマディーラの部屋を用意させて 彼は自分の荷解きがあるだろうし グリフォードだって仕事が残っている なんだかふわふわした気分でグリフォードが外へ出ると まだ残っていた野次馬から歓声が上がった 「隊長、おめでとうございます!」 「お披露目はいつですか!?」 グリフォードは何も言わずに首を振り 愛馬に乗って駐屯所へ駆け戻った もちろん駐屯所にも話はすでに伝わっていて 同じような歓迎を受けた 「隊長!後宮に咲く花をどうやって射止めたんですか!」 「俺、隊長に愛を貰えなくなったらどうしていいか……」 「隊長!今日はお宅でお嫁さんも一緒に飲みましょう!」 「うるっさい!!仕事しろ、馬鹿野郎ども!!」 グリフォードは恥ずかしいのと嬉しいのとで大声を出した 隊員たちはそれを知っているので 隊長が照れてるぞー!とより一層騒ぎ出す グリフォードは駐屯所の奥にある執務室に戻り いつもは開け放している扉を乱暴に閉めた だからといって仕事が捗るはずもなく スペラが夜の当番の人間と交代して戻ってきたのを潮に帰る事にした 「おめでとう、グリフ」 「……いや、事態はあまり芳しくない」 「そうなのか?お花がヒラヒラ飛んできたんだろう?」 「ああ……そりゃあもう、綺麗で可憐な花がな」 「何が不満だ」 「……とりあえず、俺は今から特大の上掛けを探しに行かねばならん」 「……そういうプレイが好きなのか?」 どういうプレイを想像してるんだお前は グリフォードはそういう突っ込みも出来ないほど疲れていた 大きなため息をつきスペラの肩をぽんぽんと叩く 「そういえば、後宮には十数人しかいなかったらしい」 「へぇ。想像してたよりも少ないな」 「ああ」 「つかぬ事を聞くが、もう愛は確かめ合ったのか?」 「まだだ。自宅に戻ったのは僅かな時間だぞ。そんなに早漏じゃない」 「確かに隊長は早漏ではないが、その気になればできるだろう」 「……その気に、な。ああ、頑張るよ」 グリフォードは今夜をどう過ごそうか考えていた 私の部屋はどこだと言ったマディーラ 寝所も別にするのだろうか 夜這いに行くべきか しかし彼は今までどんな生活をしていたんだろう 「隊長」 「んぁ?」 「しっかりしてくれ。いくらお前でも、ボケッとしてると落馬する。相当かっこ悪いぞ」 「……また明日な」 家に戻ればマディーラがいる そう考えれば些細なことなど吹き飛んでしまう 一緒に食事をして愛を確かめ合おう 彼は自分が好きなのだから グリフォードは気を取り直して手綱を操り家路を急いだ 「おかえり、グリフ!」 「……ただいま」 「待ってたぞ!食事は一緒に摂ってもいいのか?」 「もちろんだ」 美しい白い衣装は脱いで平服に変えていたとはいえ マディーラの輝きは衰えを知らない まだ慣れない彼の笑顔とスキンシップに グリフォードはどぎまぎしてしまうばかりだ 彼は覚えたての口づけをグリフォードの首にかじりついてねだってくる 半分自棄になってグリフォードが玄関先で彼に濃厚なのを差し出すと 受け取った彼の真っ白い頬がほんのり赤らむ 「待っていてくれ。汗を流して、着替えてくる」 「よし、手伝おう」 「いい!気を使うな!大丈夫だから!!」 「そうか?」 「すぐだ。すぐだからな、待っててくれ」 マディーラの手ずから脱がされて身体を拭かれたら 食事どころの騒ぎではなくなる グリフォードとしては望むところだけれど 後宮出身なのに妙に無邪気なマディーラの様子が気になっていた 夜な夜なとはいかないまでも 二十年以上も後宮で国王陛下に仕えていて 当然夜伽を仰せつかることが本業のはず たっぷり時間をかけて仕込まれて 夜となく昼となく性技に磨きをかけて 陛下の寵愛を獲得するのが長年の彼の仕事だったはずだ なのにちっとも色を感じない グリフォードは少し不安になっていた マディーラからすれば自分は性的な魅力に欠けるのだろうか 長年愛を寄越せと引っ張りだこで 見た目を褒められることもしばしばだった自分でも 最高峰の男しかいない後宮で慣れたマディーラの目には 大した相手に映らないのだろうかとも考える 大きなため息とともにゆったりとした服を着て ちらりと鏡に写る自分を確かめる 悪くない、と思うのだが…… こればっかりは嗜好の問題だからどうしようもない もう一度ため息をついてグリフォードが部屋を出ようとしたとき 先に扉が開いてマディーラが突入してきた まさに突入という勢いでぶつかりそうになって マディーラはびっくりしたような顔を見せた 次の瞬間にはひどく申し訳なさそうな顔になる 「あ!すまない」 「どうした?」 「部屋への扉ではないと思って、ノックもせずに」 「いや、何かあったか?」 「迎えに来たのだ。平服のグリフもかっこいいな」 「ありがとう。マディーラも綺麗だよ」 マディーラはグリフォードを見上げながら 腰の後ろで手を組んで身体を揺らしてはにかんでいる 薄布の向こうから戦績を褒めるように微笑んでいたときは 綺麗で艶やかな花のような笑顔だったけれど この家で間近で見るマディーラの笑顔は 見ているこちらが思わず笑顔になるような明るくて可愛くて眩しい ちょっと頬が赤いのがなおさら愛くるしい それほど歳の変わらない男なのに グリフォードは自分の頬が緩むのを止められなかった 「そんなに腹が空いたか?待たせてすまんな」 「うむ……その、もう一度、口づけが欲しくてな」 「え?」 「あんまり、欲しがるものではないのだろうか?」 「……かまわんが」 「してくれ!」 頭一つ小さいマディーラが嬉しそうに笑いながら グリフォードの胸に飛び込む グリフォードは最後の理性を振り絞って静かに扉を閉めた 無言でマディーラを抱き上げると 次の間にある寝台の上へそうっと横たわらせる 「……?しないのか?」 「する」 きょとんとグリフォードを見上げるマディーラ この警戒心のなさはなんなんだ まさかとは思うがもしかして本当にそうなのか? 「マディーラ」 「なんだ?」 「……この状況を、どう思う」 「寝るには早いな、と思うが」 「……そうか」 「してくれないのか……?」 マディーラの表情がしょんぼりと曇る グリフォードの理性が試されている 大きく深呼吸を繰り返してマディーラの髪に触れる 「……率直に聞くが、マディーラ」 「ああ、グリフ」 「なんだ?」 「ディラと呼んでくれ。その方が嬉しい」 「……わかった。ディラ」 「なーんだ?」 本当に嬉しそうにマディーラが返事をした グリフォードはしばし息を止めて目を閉じて耐えた あらゆる欲望に耐えた 「……後宮にいる人間の仕事は、陛下の夜伽だと認識しているが、違うのか?」 「違わなくはないが、前国王はそれを望まれなかった」 「……一度も?」 「私たちが首都へ来るよりずっと前は、陛下もお若かったから酒池肉林だったそうだが」 「……ディラは」 「いつでも務められるよう準備はしていたが、一度も寝所へは上がっていない」 「じゃあ」 「だから、口づけもしたことがなかった。すまぬな」 グリフォードは興奮のあまり手が震えた えー!! マジで!? この人、新品なんですか!!?? いや、モノ扱いって訳じゃないですよ! まさか本当に、お手付かずだったんですか! 理性は一瞬で蒸発して グリフはディラの唇を塞いだ

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