17 / 90

第17話

朝餉を一緒に囲むと ディラはさっきのことを少し恥ずかしがっているようだったが グリフがなんでもないことだと言うとほっとしたように目元を緩めた 俺の言うこと、何でも鵜呑みにしすぎじゃないか? 悪い事を教え込んでしまいそうだ 何発か抜いてスッキリしたはずなのに グリフの脳内は腐った変態丸出しの妄想で溢れた 彼が変態なのはもう既定だ 「ディラ」 「うむ?」 「俺の仕事は確かに楽ではない。だが、昨夜も言った通りそうそう身の危険はない」 「うむ」 「ああいうことはよくあるんだ」 「急に光で呼ばれることか?」 「あれは稀だが、何かが起きて収拾に当たることだ」 「ああ……」 「通常体制でも駐屯所に夜詰める事は多い。変則的に泊まりこむこともある」 「うむ」 「寂しい思いをさせるかもしれない」 「……仕事だから、気にするな」 「食事はなるべくここで一緒に」 「うむ!」 ディラはグリフの言葉にパッと顔を輝かせた くー!!かわいい!! やっぱさっき仕留めとけばよかった 絶対アンアン言わせてやったのにっ 「……だから、俺の帰りを起きて待っているのは止めてくれるか?」 「寝ていればいいのか?」 「ああ。何も心配せずに寝てていい」 「……そうか。考えておく」 「ディラ」 「……なんだか、癖になりそうなのだ」 「うん?」 「誰かと一緒に寝ると、なんだか、……いいな、と」 ディラは少しはにかんで見せた あー!!たまらん!! 裸で一緒に寝るともっとイイんだ イイ、もっと、死んじゃうってなっ 「……ディラ、誰かと、じゃない」 「グリフと」 「そう」 「そうだな。グリフと寝るのが癖になるかも」 「自宅にいるときは、いつも共に」 「……か、考えておく」 ち なし崩し的にディラの部屋と寝所を移させる作戦は不発か まあいい まだ三日目の朝だ 「グリフ、出かけると言っていたがどこだ」 「ああ。首都警護部隊の将軍の家と、俺の里親の家だ」 「ご挨拶か」 「そう。ディラを紹介したい」 「わかった」 「婚約者だと、言ってもかまわないか?」 「……うむ」 ディラはポッと頬を赤らめて それを隠すように両手で頬を覆った よし とっとと用事を済ませて今日は一日中ディラと乳繰り合おう!! 「支度に時間が掛かるか?」 「いや、着替えるだけだ。馬で?」 「歩ける距離だが、馬車を呼ぼうか」 「この村を知りたいから、歩いて行きたい」 「承知した」 一度自室に戻って再びグリフの前に現れたディラは 長く垂らしていた髪を高い位置で一つに結い この家へ来た時とは違う白い衣装を身につけていた 正式な挨拶だとは言え ここまで盛装してくれると思っていなかったグリフは その華やかな装いに見惚れて息を呑んだ うっとりしているグリフにディラは少し不安げに 自分の衣の裾の辺りを摘んでふわふわと左右にまわって見せる 髪に飾られた白い花がヒラヒラと一緒に踊っている 「……場違いだろうか?」 「いや、素晴らしい……綺麗だ、ディラ」 「そうか。グリフに褒めてもらえるのが一番だ」 「俺のためか?」 「もちろんだ。グリフに相応しいように」 えいっ ディラはそう可愛く言いがらグリフの胸に抱きついた グリフは彼を優しく抱きとめて 麗しい婚約者を得た幸せを噛みしめる 「行こう」 「うむ!」 グリフォードの養父は元軍人で 今は現役を退いて悠々自適に里親業を楽しんでいる 将軍ミズキ様ハルト様夫妻ほどではないけれど 子供のいない年を過ごした事はもう何十年もない 「グリフォード!よく来たな!!」 「ご無沙汰してます」 「何を水くさい!ささ、入れ!お、嫁だな!」 「父上、まだ婚約しただけで」 「何やってるんだお前はトロくさい!」 「面目ない……」 グリフと養父のやりとりを マディーラは美しい花が咲くような笑顔で眺めている 養父と家の中から遅れて出迎えに来た養母は そんなマディーラの笑顔に見惚れている 「うーむ……これは見事な」 「ですねぇ……」 「紹介します。話は何度かしたかと思いますが、幼い頃の縁で、一緒になる(予定の)マディーラです」 「マディーラでございます。はじめまして」 グリフよりは背が低く華奢ではあるけれど ピンと伸ばした背筋に可憐な佇まいは圧倒されるほどの存在感だ 二人は歓迎を受け優しい養父母と共にお茶の席に着いた 「噂はねぇ、かねがね聞こえていたけれど、本当にお綺麗ねぇ……」 グリフの養母はお茶を淹れながら何度もため息をついている マディーラはしげしげと見つめられることも嫌がらずに 彼女に微笑みかけている その微笑がまた養父母のため息を誘う 「マディーラは、今は何をしているのかな?」 「はい。グリフの家で、グリフの帰りを待っております」 聞いた? ねえ、今の聞いた? 完全に嫁じゃん?嫁発言じゃん? 「グリフォードは幸せ者だなぁ」 「ええ。それは間違いありません」 こんな素晴らしい人が隣にいるのだ 幸せ者に決まっている グリフが隣のディラに目をやると ディラはグリフの方を見て嬉しそうに笑った えへへ、と小さく声をあげて肩を竦めて あーもーやばいー グリフはデレデレしながらディラの手を握る 「グリフォード、マディーラはしばらく家にいるのか?」 「はい、そうですね。私の休みをみて、村を案内して色々教えるつもりですが」 「ここへ寄越してもかまわんよ」 グリフが返事をするより先に ディラがきゅっと手を強く握った 顔を向けるとディラは頬を紅潮させて キラキラした目でグリフを見ている 「……来たいか?ディラ」 ディラは声もなくコクコクコクと頷いた 白い花が耳の横でヒラヒラ応援している ここにいれば確かに寂しさは紛れるだろうし何かと安心だ 養母は元々学校の先生だし この家の子供は手がかかると言うほど小さくはない 「では、父上母上。彼をよろしくお願いします」 「承知した。グリフォードの嫁になるのなら、うちの息子も同然だ」 「あ、あの!」 ディラが躊躇いがちに、だけど少し大きな声を出した グリフの手を握る力はさっきよりも強い 養父はどうした?とディラを見る 「あ、あの。なんと、お呼びすればよいのでしょう、お二人を」 「え?」 「ご迷惑でなければ、あ、急に、おかしな事で申し訳ないのですが」 「うん?父、母と、呼んでくれれば嬉しいがね」 「……ありがとうございます!ぜひ、そう……!」 ディラはああ、と嬉しそうに息をついて グリフに抱きついた ディラの愛らしい喜びように グリフは髪にキスを落として彼を抱き締め 養父母は満足そうに笑った 「……嬉しいのだ、父上、とか。母上、とか」 「ああ」 「ご迷惑だっただろうか?」 「まったく。あの人たちは愛情深くて嘘は言わない。ディラを息子だと思ってくれたようだ」 「嬉しい……ありがとう、グリフ。とても嬉しい」 「俺は何もしてないよ」 「グリフがお嫁さんになれと言ってくれたから、ずっと私はしあわせなのだ」 「ディラ……」 「離れていても、グリフに逢える日の事を考えるとすごくしあわせだった」 「そうか」 「時々式典でグリフを見られるようになったら、もう、本当に嬉しくて、誇らしかった」 「俺だってそうだ。ディラに逢いたくて、励んできたよ」 「同じだな」 「そうだな」 養父母の家を辞して将軍宅へ向かう道すがら 二人は手を繋いでゆっくりと話しながら歩いた すれ違う人たちはみなグリフの顔見知りで 軍関係者が大半を占めるこの村には王宮や後宮にまつわる話に明るい者が多い 二十年以上も後宮で輝き続け 王家の人の後ろに控えるほどの立場だったマディーラは その美貌も手伝って当然有名人だった 二人の婚約は村中にすでに周知であり お披露目を待ち望む村人から冷やかしと祝福の声が掛かる 二人は照れ笑いを返しながらゆるゆると移動した

ともだちにシェアしよう!