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第18話

「……それは私たちへの土産か?」 「いえ、その、こちらへ来る道々で頂いてしまって断りきれず……」 「相変わらず面白いのぉ」 「いえ……」 将軍の自宅を訪ねる頃には 二人の手にはたくさんの荷物があった 酒や野菜や果物や花 村人が持たせてくれたのだ 断っても断っても、結局手を繋げないほどの量になってしまった ディラには重いものを持たせなかったために両腕に色とりどりの花を抱え 将軍夫妻が目を見張るほどの演出になってしまっている 「|違《たが》わんな。薄布の向こうに何度かお見掛けはしたが」 「私もです。マディーラでございます、ミズキ将軍閣下」 「うむ、この度は不肖グリフォードの元へ嫁がれるとか」 「恐れながら、閣下。私の選んだ男は器の大きい愛情豊かな男にございます」 「ほほう。確認済みか?」 「はい」 玄関先で何を言わせるんだ 確認済みってディラ、意味わかってないだろう 満面の笑顔で答えてくれてるけども…… 貶され庇われ褒められて グリフは身の置き所がないような思いで突っ立っていた そんなグリフォードの荷物を持ってくれながらハルト様が声を掛けた 「久しぶりだな、グリフォード。ご活躍は聞いている」 「ハルト様……ご無沙汰をして申し訳ないことでございます」 「堅苦しいのぉ」 そりゃあ緊張するだろう 伝説の参謀だからな 現役を終えてなお彼の名は語り継がれ ハルト様が立てた作戦は未だによく参考にされる 第一線を退いてからずいぶんと穏やかな雰囲気になられた 今のお立場は首都警護部隊の将軍の正妻 礼は尽くすのが道理というものだ 「メルドーラさんへは挨拶に行ったのか?」 「はい、先ほど」 「さぞお喜びであっただろうな」 「はい。ようやく親孝行ができたようです」 「何よりだ」 広い中庭に大きなテーブルが用意され お菓子とお茶を振舞われる お菓子はもちろんお茶葉も自家製だ ハルト様が丹精こめて作っておられる 子どもが多いから自家製の方が安上がりなのだなどと言いながら 「おいしいです」 「そうか。よかった。用意させよう、持ち帰りなさい」 「ありがとうございます」 ディラはハルト様直伝の 失敗しないお茶の淹れ方を熱心に聞いている おお、花嫁修業か グリフは鼻の下を伸ばしながらその様子を眺めていた 遠くから子どもたちの声が聞こえる穏やかな午後 「グリフォードよ」 「……は」 「ずいぶんと入れ込んでいるんだな」 「は」 「ゆっくり聞かせては貰ったが、やはり本人を目の前にすれば納得だな」 緊急招集の後の夜の宴で 将軍以下総勢五名からの集中砲火を浴びて 洗いざらい白状させられたのだ 未だ本懐を遂げずにいることも言わされてしまい それを踏まえての冒頭のやり取り もちろん将軍は確認済みだなどとは思っておられない 「マディーラ殿。子どもはお好きか」 「接する機会がありませんでしたので……」 「そうかそうか。うちには子がたくさんいてな」 将軍は隣に座るハルト様を愛しげに見て微笑み マディーラにその視線を戻す 「うちのハルトさんは、子どもの世話をするのに忙しい。しかしそれはそれは見事に家事をこなす」 「ええ。そうでしょう。お茶もお菓子も作れるなど、尋常ではありません」 「一人ぐらい増えても大差ない。わからないことがあれば遠慮なく訪ねてくるがいい」 「!」 「どうぞ、いつでも。お手伝いしてもらうだろうが」 ハルト様もにこりと微笑まれた ディラはきゅっと眉根を寄せてグリフを見た 両手がグーになっている グリフが笑って頷くとさっと立ち上がった 「ありがとうございます。ご厚意に、胸が、いっぱいで……!」 「おおげさな……マディーラ殿、この村ではよくあることだ。みな、あなたを歓迎したでしょう」 「はい……」 「お座りなさい。お茶をもう一杯どうぞ」 「ハルトさん、俺にもください」 「自分でしなさい」 「はい」 相変わらず将軍はハルト様に頭が上らないようだ いや、多分この関係を楽しんでおられるのだろう あまりお二人同時にお会いする機会はないけれど 将軍など隊長とは比べ物にならないほどの激務で それを支える奥方様もまた大変なご苦労をされる そんなことを微塵も感じない二人の仲睦まじさに グリフォードは憧れにも似た尊敬の念を感じた 「マディーラ殿」 「はい、ハルト様」 「今は家でグリフォード隊長の帰りを待っているのか?」 「はい。左様でございます」 「ふむ……差し出がましい事を聞くが、婚儀は如何するのか」 「……」 ディラの言葉が止まった 代わりにグリフがハルト様に応える 「ハルト様、我々は、再会して日が経っておりませんので」 「そうか。すまんな、若い二人を見ていると楽しくなってしまって」 「とんでも……」 「ハルト様」 「ん?」 ディラがするりと居住まいを正してハルト様に微笑みかける ハルト様もどちらかというとグリフや将軍と同じく軍人らしい精悍で男っぽい顔なので ディラの可憐な美貌はとても際立って輝く 愛する人を隣においても ディラの華やかな笑顔には誰しもが見惚れる それはこの夫妻も例外ではない 「私とグリフォードは、子どもの頃に出会い、結婚の約束をしました」 「ああ。聞いているよ」 「詳細を、ご存知ですか?」 「詳細。さて」 「グリフはこう言ってくれたのです。自分は将軍になるから、お嫁さんにくればいい、と」 「ほほう……」 「私は」 「ディラ、失礼だ」 将軍夫妻の目がグリフを捕らえる 当然だ 現将軍を目の前に、結婚の邪魔をしているのはあんただと言っているようなものだ さすがにグリフは慌てた 隣に座るディラを嗜める 「なぜ?本当のことだ。それに」 「俺たちの子どもの頃のままごとのような話を、将軍とハルト様にお聞かせするべきじゃない」 黙って二人を見ていた将軍は何も言わず ハルト様は明るく笑った 「いいではないか。いずれグリフォードが将軍になるとは思うぞ」 「ハルト様、そのような」 「まだしばらくは、うちのがふんぞり返っているだろうがのぉ」 「ハルトさん、俺は別にふんぞり返ってなんか」 「マディーラ殿」 「……はい」 ハルト様はミズキ様の言葉を無視してディラの方を向く ディラはグリフに諌められて戸惑っているようだった 「ミズキの次かどうかは定かではないが、いずれグリフォードは将軍になるだろう」 「……」 「マディーラ殿は、将軍の妻になりたいのか?」 「いえ」 ディラがきっぱりと答える グリフは焦っていてその意図がわからなかった ハルト様は怒ることも眉を顰めることもせずに 穏やかなままで一つ頷かれる 「そうか。夫が将軍になるのを端で見るのも楽しいものだぞ。試してみるがいい」 「……大変不躾な事を申しまして、失礼を」 「かまわない。いい話だ。そんな頃から運命の相手を決め、見誤らないとは」 なあ、ミズキ ハルト様は将軍にお茶を注いであげながらニコリと笑った 将軍はそうですね、と嬉しそうにしている マディーラの髪に飾られた花は風に吹かれてゆらゆらと震えていた 色々と持たせてもらい荷物が増えたので 帰りは馬車を呼んでもらった その道中は非常に気まずく 何かと話しかけるグリフに対して ディラは俯いたまま黙り込んでいた 自宅に着いても腕に抱えた花に隠れるようにして 昼餉は失礼させて欲しいと言い ディラは自室に引きこもってしまった グリフはその背中を見送るしか出来なかった

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