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第21話

【番外編】 ハルトさんとミズキの馴れ初め 01 本編には関係ございません。 ◆ しつこい うっとおしい いい加減にしてくれ もう何度言っただろうか それでもへこたれずにまとわりついてくる年下の男は 名前をミズキという 同じ首都警護部隊とはいえ 彼は"南"を護る第四隊の役職なしの隊員 将軍を筆頭にして首都警護部隊を管理し動かす立場の者ばかりが集まっているこの司令本部に出入りする人間ではない ではないはずなのに、なぜ毎日…… 「参謀長!昼餉を共にさせてください」 「断る」 「では、夕餉を」 「断る」 「夕餉の後となると……閨になりますがよろしいですか?」 なるべく感情を見せないようにしながら ハルトは執務机に広げていた地図を丸めて席を立つ ここにいては仕事にならない 半月後に行われる隣国との合同訓練の概要を練らなければいけないのに ミズキが首都警護部隊に来てからというもの 邪魔ばかりされている ミズキの戦績はもちろん聞こえていた 水陸両軍でよく働いたというのもあるけれど ハルトの立てる作戦にしょっちゅう参加していたからだ 若い今に首都へ呼ばれているけれど またすぐ水軍か陸軍へ戻るらしい 水陸両軍の将軍を務めては首都へ来ることを繰り返し アガリは|ここ《首都》の将軍 軍人としてはもっとも充実した道のひとつだ 今ではその功績が認められて首都にいるハルトも 以前は国中を転々としていた 陸軍にいれば山にも篭ったし 水軍にいれば船で海に出た 自分の所属する隊だけではなくあちこちからも呼ばれ 作戦を立てては重宝がられ、ほんの少し敬遠された 敵に容赦はしない 国を護る軍人としてそれは当たり前だったけれど 殲滅を目的とする作戦の多くは度が過ぎるという批判を浴びた では専守を旨とする作戦を欲しがればいい 何もハルトは残虐者ではない 請われればどんな手ぬるいような作戦でも考えた 誰も傷つかないように 敵が諦めて引き返すように 天気や潮の流れさえ読むのだから その程度の事は造作もないことだったのに だけどそんなことは誰もハルトに求めなかった だからハルトはいつも完璧に相手を潰す策を採り続け 指揮官はそれを元に好きなように手心を加えて手柄にする ハルトの参謀としての能力の高さは近隣諸国にまで広まり やがては死神のような噂さえ流れた いいのだ、愛するこの国を護れるのなら ハルトはずっとそう思ってきたけれど もしかしたらどこかで苦しかったのかもしれない 距離感度外視でまとわりつくミズキをこころのどこかで憎からず感じるのは 命を預けあう仲間の中でも馴染めない何かがあったから 作戦を立てる側と実行する側 それだけではない見えない壁 「もう、よいだろう」 「なにがです?」 「私にかまうな。命令だ」 「愛してるんです。かまっているのではなく」 「……お前の愛など要らない」 言うべき言葉でないのはわかっていた それでもあえてミズキにそう告げて 机の前に立ち尽くすその大きな身体を避けるようにして部屋を出る ハルトは暗く沈む自分の気持ちを無視して 本部の裏手にある大きな木に向かった その木陰に腰を下ろし地図を開いて仕事に集中しようとした 同盟関係にある隣国と協力して敵陣を攻める訓練 敵陣が川岸にある場合と海岸にある場合と国境近くの山にある場合と できる限りの事態を想定して幾通りもの攻撃を予測して 相手を掃討するための訓練を 冷酷で残忍な殲滅作戦を 「参謀長」 「……いい加減にしろ。命令に背くな。自分の立場をわかっているのか」 「ご指導を賜りたく」 大樹の葉鳴りだけが聞こえる静かな庭で 突き放したはずの年下の隊員はハルトの前に座った ハルトは苦いため息を吐き顔も上げずに言った 「なんの」 「戦略についてです」 「参謀志望でもあるまいし」 「こちらを向いてくれない男の、愛を得られる作戦を立てたいのです」 「持ち場の"南"へ戻れ」 「実は俺、今日は非番です」 「私は見ての通り執務中だ!」 とうとうハルトは声を荒げた 大切な地図を乱暴に丸めると立ち上がり 芝の上にあぐらをかいたまま自分を見上げる隊員を睨みつける 「何でも思い通りなると思うな」 「そんなこと、考えたこともありません」 「ここは本部だ。首都警護部隊の中枢だ。お前ごときが来る場所ではない」 「それは、下見に来ておるのです」 「下見?」 「いずれ俺が|ここに就く《将軍になる》からです」 「思い上がるな!」 ハルトはミズキの視線を振り切るようにして執務室に戻った ほらみろ まったく仕事が進まない! 忌々しくドアを閉め鍵さえもかけた 自信過剰の若造め なぜ私にまとわりつくんだ! 結局 その日の内には訓練の概要は詰められず 他に頼まれていた威嚇のための辺境地の行軍の道程も決められず 参謀本部のほかの隊員が不思議そうな顔をした 「……すまない。明日、必ず」 「いえ。参謀長、明日は休みでしょう」 「ああ、しかし」 「訓練内容など、当日でもいいのです。お休みになってください」 「……ありがとう。では、そのように」 「はい」 策をめぐらせるしか能のない私が それさえできなくなったら一体何が残るのか 役に立たない私なら休もうが来ようがどうでもいいのだ もう邪魔をしないで欲しい 私が私でいられなくなる前に ハルトは不安定な自分の感情を持て余しながら 誰もいない小さな家へ帰った 「……お前を除隊することさえできるのだぞ」 「それだけは、ご容赦ください」 「なぜこんなところにいるのだ!」 夜の帳が降りる中 自宅の前にはミズキがいた 信じられない思いで怒鳴りつける 我慢も限界だ しかしミズキは胸を張ってハルトを出迎えた 「参謀長が、本部へは来るなとおっしゃるので」 「私の傍へ来るなと言ったのだ!」 「なぜ?」 「なぜって……っ!」 臆面もなく愛を囁かれ 昼も夜も朝もなく求められ 毎日のように仕事の邪魔をされて なぜだと? そんなの 「ミズキ」 「は」 「何度でも言おう。迷惑だ」 「諦められません」 「何でも望めば手に入ると思うか?」 「思いません」 「ならば」 「この先、何も手に入らなくてもいい。あなたがいれば」 「……」 「俺のすべてを投げ打ってかまわない。あなたを愛しています」 「……帰れ」 「あなたの愛だけが、俺の望みです。他には何も望みません。たったひとつ、そのくらい神も与えてくださるでしょう」 「馬鹿な」 「たったひとつです、参謀長。あなただけ、あなたに愛されたい」 ずっと自信満々な態度が鼻に付くと思っていた 自分に自信があって そんな自分が愛していると言えば 誰だってなびくだろうという思い上り でも違ったらしい ミズキを支えて胸を張らせる自信の正体は 潔くハルトだけしかいらないと言いきれる自信だったのだ 嘘も誤魔化しもなく 自分が欲しいのはひとつだけだと 誰にも恥じることなく隠すことなく ハルトは無言で家に入った ミズキは一礼してそれを見送った お前の愛など欲しくないと 一番傷つく言葉を投げつけたのにそれでも引き下がらない男 「ああ、そうか」 参謀らしく策を弄して追い払えばよい あの暑苦しい若造を寄せ付けないように 「……ほかに、仕事がある」 あいつのせいで仕事が遅れている あいつに感けていては本末転倒だ だから 「放っておけば、そのうち飽きる」 飽きなくとも軍人は忙しい あいつはすぐにいなくなるのだ ハルトは灯りもつけずに寝台に倒れこんだ 明日一日は会わずに済む 振り回されずにいられる とにかくそれに安堵してハルトは深いため息をついた

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