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第22話

【番外編】 ハルトさんとミズキの馴れ初め 02 ◆ その日以降もミズキはほぼ毎日本部に来た ハルトが知らないだけで一応は所用で日参していたらしい 開け放していた執務室のドアを閉めるようになったら 顔を見る機会は減った それでも声がしたり存在の残滓を残していく 「参謀長。あのミズキとかいう若いの、何を言っても聞かんのです」 「……もう、よいから放っておこう」 「しかし!」 「相手にするな」 「は……」 参謀本部の隊員たちの目にも余っているらしく 苦い表情で追い返そうとしてくれてはいるけれど あの男がその程度で改めるはずがない そして運の悪いことに ハルトはミズキと仕事を共にすることになってしまった 首都警護部隊では、大人数を投入して敵とぶつかり合うような事態はほとんど起きない 敵襲はすべて水陸両軍が跳ね返すからだ 常にそういう警戒体勢を強いられる水陸両軍は 両方で戦果を残して呼ばれて首都にいる軍人を呼びたがる 首都警護部隊配属の隊員の中にはそういう実戦を望む男も多いので 首都から応援に人員を渡すことは日常茶飯事だ 「今回の陸軍からの要請には、以上の面子で応える」 首都警護部隊の将軍は部下の名前を十数名挙げそう宣言した その中にはミズキの名があった 最近移動して来たのに応援も何もないだろう ミズキはそう思ったけれどもちろん口にも顔にも出さなかった 名前を挙げられた隊員たちは本部に招集されていて この軍議に参加している ミズキは珍しく神妙な面持ちで立っていた 椅子に座っていられるのは本部の人間のみ ハルトとミズキでは立場が違うのだ 「参謀長」 「は」 将軍の後を引き受けて 議事を進行する幹部がハルトに話をふる 「今回は、敵が襲撃してくるという情報を根拠にした隠密活動だ。事実、相手が攻めてくれば迎え撃てる作戦を立て、その情報が誤りであったと結論付けられるまで待機し続ける」 「……は」 「こちらが待ち構えているのを悟られるわけにはいかない。来る気があるのなら、来させなければ」 そして掃討する 恐らくは向こうも秘密裏に国境を越えて来るだろう 小隊同士の接近戦 距離を取って追い払う方がずっと容易いし それを繰り返せば敵襲は遠ざかっていく しかしそんなことはしないのだろう もっとも強い戦略を すでに身についてしまった考え方に嫌気が差す そんなハルトの隣で将軍が短く告げる 「指揮はミズキに」 「!」 「よいな」 「……は」 ハルトは感情が乱れるのを抑えられなかった なぜそんな戦闘の指揮をこんな若造に取らせるのか? ミズキの能力を試しているのだろう しかし 「しかし、ハルト参謀長の立てる作戦に、若いのがついていけますかねぇ」 「確かに。参謀長の作戦は容赦がない。実行する側の身になれば、なかなか大変です」 将軍に物知り顔で忠言ともゴマすりともつかない台詞を吐く幹部 常にハルトを重用するのが気に入らないのもあるのだろう そしてやはりぽっと出のミズキへの嫉みか ハルトは視線をミズキに向けた 当の本人は涼しい顔で口の端にわずかに笑みさえ浮かべている 「参謀長、ハルトよ」 「は」 「私は、お前に任せる」 「……は」 将軍はいつもそう言う 好きな作戦を立てればいいと 将軍が望む戦略がどういうものなのかはわからなかったけれど ハルトはいつも自分に求められているものを差し出した つまり眉を顰められるような完璧な制圧作戦を どうせ指揮官は、適当に手心を加える だから自分が立てた作戦が実行された実感はない 逃げる背中を斬り 走る足を撃ち抜く いつも結果は同じだった 風も潮も味方にして この国の軍力を最大限に活かす技は誰にも伝わらない 「……兵力と、地図を。早急に作戦を」 「恐れながら、参謀長」 ミズキは精悍な顔をハルトへ向けて一歩前に出る ハルトは緩慢にミズキを見た こんな若造に自分の作戦が理解できるのか 「……なんだ」 「今回指揮を執る、首都警護部隊第四隊、ミズキです」 「ああ」 「参謀長の作戦の指揮官となれた光栄を胸に、必ずや完璧に遂行する事をここに誓います」 「……お前には無理だ」 「いえ。やってみせます。いかなる作戦であろうとも」 「よせ、ミズキ。お前はハルト参謀長の作戦がどんなに残酷か知らんのだ」 「そうだ。実行する部隊の心情は、作戦には汲まれんのだからな」 ハルトは何も言わずその非難にも似た忠告に目を伏せた ミズキがこんな事を言い出さなければ 面と向かってこのような話を聞かされずに済んだものを ささくれたハルトのこころは逆恨みのような熱が広がる ミズキは何もかも聞こえないようにハルトを見据えている 「参謀長」 「……好きにするがいい。私の仕事は立案だ」 「どうか、一番いい作戦を」 ミズキは笑った ハルトは目と耳を疑った いい作戦? 「これは私の初陣に等しい。参謀長、どうか、一番いい作戦をお与えください」 「……いつも、私は」 「もちろんです。しかし毎度毎度参謀長の作戦は不完全なまま終えられる」 「……」 「今まで私は一兵卒として、その不完全さに致し方なく服従して参りました」 ミズキのよく通る声はそのまま将軍以下幹部の耳に届き 軍議は不穏な雰囲気が渦巻いた 今までの指揮官は無能だ腰抜けだと聞こえただろう 心当たりのある者には 「控えろ、ミズキ!口が過ぎる!」 怒鳴ったのは元陸軍将軍だった男 戦闘で負った傷を名誉にすり替えてここに座っている 大した傷でもないだろうに ハルトは外野全員を無視してミズキを視線で射抜いた ミズキはそれを平然と受け止める 「……作戦は、常に最善のものを」 「は」 「それが私の仕事だ」 「は」 「……私は、残忍で冷酷な作戦を立てることが仕事なのだ」 それが軍が私に望む事 この国を護るという目的のためなら 私はどんな事でもしようと思うから 長年うず高く積もっていた冷たい欠片 それが自分のこころを苛んだとしても 色んな思いを込めた作戦が原型のないほど捻じ曲げられたとしても ミズキは薄く浮かべていた笑みを捨て 声をあげた笑ってみせた そして殊更に胸を張りもう一歩ハルトに近づく 「参謀長、心して立案されますよう」 「なんだと?」 「いかに冷酷で残忍な作戦を与えられようと、私はそれを完璧に遂行してみせます。私は、あなたの作戦を実現できるただ一人の軍人です」 よろしいか そう言ってニヤリと笑い 一瞬遅れて始まった嵐のような非難の声の喧騒の中 ハルトにだけは小さく頷いて 本部の連中が止めるのも聞かずに軍議の場を去って行ってしまった 「……ハルト」 「は」 すでに軍議は態を成していない 隣に座る将軍に低く呼びかけられて ハルトは目を伏せつつ彼に顔を寄せ声を拾う 「面白い男だな、あれは」 「……は」 「ハルトの好きにせよ」 「将軍」 「誰も、お前に辛い役目を負えとは言っておらん」 「……しかし」 「私がもう少し若ければ、お前の作戦を実行できる指揮官になれたか」 「……将軍に措かれましては、指揮官としての」 「もうよい」 将軍はハルトを見て笑う どうしていいかわからずにハルトが戸惑っていると 納得したように頷いた 「お前が望む通りの結果を出すであろう、あの男なら」 「私の望みとは」 「掃討でも殲滅でも制圧でもなかろう」 「……ええ」 「ハルトの、思うように」 「……は」 将軍は何もなかったかのように立ち上がり 騒ぐ部下たちを蹴り飛ばす勢いで出て行った 大半の幹部は将軍を追い 召集されていた隊員たちは顔を見合わせながら散っていき ハルトはやがて部屋にひとり残された いかなる作戦であろうとも完璧に ずっとそんな事はありえないと諦めていたけれど この任務においてハルトが描いた戦略はあらゆる場面で完璧に具現化され実行された 将軍の直命によって珍しく部隊に帯同したハルトは ミズキの見事な指揮を目の当たりにした 彼は口にしないハルトの思惑をすべて汲んでくれていた すべてが終了し撤収した時 ミズキはハルトに向かって胸を張ってこう言った 「言った通りでしょう、参謀長。あなたの作戦は、もう誰にも渡さない」 「……若造が、思い上がるな」 「あなたを愛しています」 凱旋を祝う宴の席で ミズキは一時もハルトの傍を離れようとしなかった 功労者としてみなに引っ張られても 笑顔で交わしてずっとハルトの隣にいた 「……ミズキ」 「はい」 「私の作戦は、どうだった」 「感服しました」 「そうか」 「はい。ますます、惚れました」 王宮の広間で大勢が繰り広げる華やかな酒の席 歌声と音楽とみんなの歓声と笑顔 それらをじっと眺めたままハルトはミズキを見ずに言う 「……みな、楽しそうだな」 「ええ」 「お前に作戦を一つやろう」 「え?」 「以前欲しがっていただろう」 「……はい?」 「愛する者がいれば、浚え」 ミズキは手から杯を落とした 足元が濡れるのもかまわずにハルトの横顔を見つめる ハルトは相変わらず人々を眺めていた 「どうしても欲しければ、覚悟があるのなら、腕を掴め」 「参謀長」 「きっとなんだかんだとゴネるだろうが、連れて行け」 「参謀長!」 「自分が唯一なのだと、そいつがわかるまで離すな」 「……まだ、わかっていないのでしょうか」 「さて?」 ハルトは手にしていた杯を煽り ぽいっとミズキに放り投げた 「この作戦を完璧に実行できれば、お前の望みは叶うだろう」 ミズキの手がハルトの腕を強く掴み 二人は宴席から抜け出した

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