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第25話

「ディラ」 「あ」 食堂の外にまで群がる隊員たちを 首根っこ掴んで放り投げながらディラを発掘する わが隊にそんなに気のつくバカがいただろうかと顔が引きつる ディラの前にはお茶とお菓子が山のように置かれていたからだ しかもきちんとマットまで敷いて 「すまぬ。こんなつもりではなかったのだ」 「いや……うちのが失礼なことを」 「失礼?いや、あちらのお若い方は親切だったぞ」 先輩に拳で色々と教わったばかりの若い隊員は 白皙の花に柔らかく微笑まれてさすがに顔を赤くしている ディラはするりと立ち上がってグリフの傍へ寄り添った あ、俺今、チョー鼻高々かも ドヤ顔炸裂かも グリフはどこまでも伸びる鼻の下を戒めながら 細いディラの肩を抱き寄せる 隊員からおおお、とどよめきが起きた いいだろう! 俺の婚約者なのだ!! ぷっぷくぷー! 馬に乗るためだろうか 美しく豊かな銀髪は襟足の辺りに小さくまとめられていて その脇に瞳と同じ色の花が飾られている 家ではひらひらと裾が揺らめくようなものをよく着ている 動きやすさよりも自分に似合うように誂えられたものなのだろう 今日は丈の短い上着と脚にピタリと沿うズボンだった 何を着ていようが何も着ていなかろうが マディーラの美しさの度合いに変化はない 常にブッちぎって美しいのだから グリフはわざとらしいほど優しく甘い声でディラの耳元に囁きかける 「ディラ、所用の帰りか」 「うむ。従者が、第一隊の駐屯所はこちらの方だと教えてくれてな」 「会いに来てくれたのか?」 「仕事の邪魔をしたりはしない。でも、遠くからでも見られれば、と思ったのだ」 照れたように頬を赤らめて目を伏せ 失敗してしまった……と呟きながら ぽてん、とおでこをグリフの胸に預ける そんなディラに第一隊全員が沸いた 第一隊全員の頭の中が グリフの頭の中はとっくに沸いて何かが湧いてる 「……あーっと、ディラ」 「うむ?」 「駐屯所の近辺は立ち入り禁止なのだ。柵がなかったか」 「ああ……赤い柵が……」 「そう。関係者以外は、それを越えてはいけないことになっているのだ」 「それで迷子だと思われたのだな」 「迷子?」 「うむ。だからご親切にもこちらまで案内してくださったのだ、あのお若い方が」 グリフは首を傾げる ちょっとズレてる もう慣れたけど ゆっくり最初から確認しながら話を聞いた 「ディラ、柵を越えたのだな?」 「うむ。最初はもっと遠巻きに見ていたのだが、もうちょっと近づきたくて」 「……馬で?」 「もちろん」 低い柵ではない ディラの馬術は想像以上に巧みなのかもしれない グリフはふむ、と納得する 「柵を越えて、眺めていたのだが、あまり人影がなくて、あっちかな、こっちかなと右往左往して」 素晴らしい お手本どおりの挙動不審者だ 「誰もいないのならもう少し、もう少し、と馬を進めたら、あの方が何をしているのかと声をかけてくださって」 ディラ、それは尋問だ 「こちらは駐屯所のはずだけれど、隊長以下隊員の皆さんはいかがされたのかと聞けば、何故そんなことを聞くのかとおっしゃられて」 うん、だって怪しすぎるからね 「様子を窺いにきたと答えたら、ついて来い、とこちらまで案内を。手綱まで持ってくれて」 ううん、それ連行だから 若い隊員がいかに親切だったかを語るディラ 多少の耐性のあるグリフォードでさえあまりの無邪気さにため息が出そうになり 隊員たちは身悶えた とりあえずうちの隊員は悪くない ここまで完璧な不審者も珍しい しかも居直りすぎている どこからどう見ても裕福そうな白皙の美丈夫相手に それでもきちんと任務を遂行した部下を褒めてやるべきだろう その後は駐屯所にいたスペラがマディーラの顔を知っていて ゲラゲラ笑いながらその身柄を預かり 隊長の知り合いのはずだから報告してこいとグリフのところへ行かせたのだ 「供の者はどこだ?」 「キブカは柵を越えられなかった」 「では柵の向こうで待っているのか?」 「うむ。先に帰ったりはしない」 キブカ……は、あの屈強そうな大男だな 気にするな、キブカ あの柵は馬が越えられないように設えてあるのだ お前の主人が優秀なだけだ ちなみに俺の婚約者だけどねっ 「ディラ、ハルト様のところへは」 「ああ、先にお訪ねしてきた」 「そうか」 「恙無く」 「だろうな」 「うむ」 マディーラは大輪の花が咲くような笑顔でグリフに報告した ちゃんと想いが伝わったのだろう それがとても嬉しかったのだろう よかったという安堵と、二度とあのような真似はしないという反省を胸に グリフはディラをぎゅっと抱きしめた 「たいちょー、もういいだろ?みんなも仕事にならんよ、お帰りいただかねば」 一応自制はしつつも グリフは可愛い可愛いと言いながらディラを撫で回していた ディラはされるがままだ スペラが呆れた声を出さなければ危うくハッテンしかねない 隊員の過半数は涎を垂らしているし鼻息が荒い 「あの、皆様方には、大切な任務のお邪魔をしてしまって申し訳なく」 ディラがグリフの腕を抜け出して 部屋を埋め尽くす隊員に視線を流し詫びると 馬鹿どもは我先にとディラの前に躍り出て たおやかな手を取って跪く 「ぜひ、いつでもお越し下さい!」 「あなたのために命を賭します!」 「美しい人、その愛の片鱗を僕に」 「俺のすべての愛をあなた様に!」 「あの……」 いつまでも終わらない求愛にディラは戸惑いながらも自分の手を取り戻し 若干ぎこちない笑顔で頷いた 「……色々と、ご親切に。私はこれで失礼を」 「お?何事だ?」 なんでこう次から次へと厄介事が グリフは相当慌てた ひょっこりと水軍の将軍が現れたからだ 最悪だ 一番会わせたくない男がっ 「第一隊はこんなにおったか?ならば少々うちに引っ張っても障りないわな」 「アルム将軍!なぜこんなところに」 「おお、グリフォード。人員を融通してもらった礼に、ミズキのところへ行った帰りだ。お前にめでたごとがあったと……」 グリフは大慌てで邪魔な部下を足蹴にしながら戸口まで移動する そのまま将軍を押し戻してとっとと帰したかった アルム将軍は相変わらず穏やかで気さくだ ミズキ将軍とは知己で好敵手 よく恐ろしいほど遠慮なくやりあうので見ているこちらは気が気ではない そんな水の男の目は簡単にマディーラを捉えてしまった 「……ふむ。なるほど、噂どおりだな」 「は……」 噂どおり グリフォードの想い人が後宮にいるという噂か その花が今グリフの手にあるという噂か いずれにせよ頷くしかない 「おめでとう、グリフォード。しかし婚儀はまだだとか」 「近いうちにそのように。ですので」 「ではまだ、この花は摘まれていないということか」 グリフが止めるまもなく アルム将軍はマディーラの前まで進み微笑みかけた 軍でも一二を争う美丈夫と後宮に咲いていた花 誰が見ても美しい二人が手を取り合う光景はため息を誘う が グリフの心中は穏やかなはずもない 無意識に腰の短剣に手が伸びているぐらいだ そんなグリフの気配を知ってか知らずか アルム将軍はザパーンと音がするほどの勢いで色気を噴出させた 普通の人間はたいていその色気の海に溺れる グリフはいよいよ顔が引きつり殺意を覚えた 上長に刃向かうなどという不条理が許されるのは 唯一愛を護るためだけ なるほど今がそのときだろう この見境なしの変態タラシめが!!! 「美しい人……このようなところで出会った偶然は、愛のなせる偉業であろう」 「……で、ございましょうか」 「間違いない。この偉業を成し遂げた私の愛を、受け取っては頂けぬか」 「水軍将軍アルム様……とお見受けいたしますが」 「いかにも。そなたのような美しい人に名を呼ばれるなど、歓喜にこの胸が震えている」 ……とかなんとか言いながら アルム将軍はディラの手を取り一歩傍へ その手を自分の胸に押し当てて顔を寄せている グリフはおもむろに短剣を抜こうとして さすがに隊員総がかりで押しとどめられる 「マディーラ。ひと目で愛してしまったのは、そなたが美しいからだ。どうか私にすべてを」 「アルム将軍閣下……お戯れが過ぎるようでございます」 「仕方がない。美しい人に出会ってしまえば、人は愚かに愛に溺れ、愛を求めるものだ」 「閣下……」 「マディーラ。この世に愛よりも大切なものはない。義理も道理も貞操も、愛の前には無力だ」 アルム将軍の腕がディラの腰に巻きつく 軍で一二を争う美丈夫は この国で一二を争う好色家なのだ いざ仕留めんと大暴れのグリフを止めるのも限界に来ていた スペラはため息をついてアルム将軍に言う 「将軍、この件、リズに聞こえますよ。軍内の噂は回りが速い」 「……つまらぬことを申すな」 アルム将軍は心底ゲンナリした顔でディラを解放した その瞬間に部下を蹴散らしたグリフはディラを抱き寄せ アルム将軍から隠す 「冗談なら笑えません!」 「冗談なものか。仕方ないだろう、マディーラがあまりに」 「ああああもう!マディーラは俺の婚約者ですっ!!」 「うむ、婚約者だろう。まだ娶ってもおらんのになぜそんなに怒るのか」 こころの底からくたばれ!!と叫んだ 本気で全力で ただしアルム将軍にはなんの痛手も負わせられなかったようだ グリフの肩越しに性懲りもなくマディーラに微笑みかけている 「マディーラ、グリフォードの愛で満たされぬ夜があればいつでも私のところへ」 「閣下、そのようなことはおこりません」 「愛にはいろんな形があるのだ、マディーラ。たまには違うのを試すのもよいものだぞ」 「変態!!!」 「ほら、グリフォードも認めている」 「批難しているのですっ!!」 この国で一二を争う好色家は この国でダントツの変態だ 陸にいるときは男娼から一般人まで手当たり次第 船に乗っている間は自分の部下達を手当たり次第 気に入った人間を口説いては変態行為を繰り返している 「らしい」ではなく断言する なんでもありの変態行為の常習者なのだ たまにそういうのが好きな人間に当たって 大盛り上がりで楽しむこともあるらしいけれど 基本的には迷惑千万という結果になり 被害者は泣きながらその惨状を訴えるので 伝聞でありながら憶測ではない 穏やかで気さくな美丈夫は その社会的地位と源泉かけ流しのごとく放出される色気のせいで わざわざ相手を漁る必要もないほどモテる 彼の本性を知らない人間には本当によくモテる しかし変態のくせに好みはうるさく 寄ってくる人間にももちろん手を出すけれど 厄介なのは目ぼしい男を狙い撃つことだ 優しく声を掛け口説き落として簡単に自分の寝所へ連れ込んでしまう 決して無理強いはしないらしいが その成功率の高さたるや尋常ではない みな外見に騙されるのだ そういうことを生業とする特殊な男娼と金で解決していればいいのだけれど 金を貰うプロでさえ悲鳴を上げるようなことをするので 最近は金を積んでも首を縦に振ってもらえないらしい 相手を気に入れば気に入るほど行為の変態度合いもうなぎのぼり 彼に好かれれば仕事を変える勢いで逃げるしかない マディーラをそんな腐れ外道の毒牙にかけるわけにはいかない グリフは今殺らなければ後悔するだろうと思ったけれど さすがに駐屯所内ではマズかもしれないという理性が残っていた とにかく大至急この人を船に乗せて大海原の果てに追い払いたい どうか敵国が超しぶとくて、戦闘が長引いてしばらく戻ってきませんようにっ!! つーか早く攻めて来いっ!! 「……アルム将軍のお帰りだ。道を開けろ」 「気遣いは無用だ、まだ時間はある」 「お帰りくださいっ」 「お前らだって遊んでおったくせに……マディーラよ」 「はい」 グリフはユラユラとアルム将軍の視線を遮るように動いてディラを背中に隠し続ける これ以上変態と言葉を交わすとディラによくない グリフの必死の自制も牽制もまったく意に介さず アルム将軍はドストライクの獲物を狩るのを心底楽しんでいるらしい 「そういうことで私は追い出されるようだ。そなたはまだここに?」 「いえ、私も辞するところで」 「おお、ならばご一緒しよう。ご自宅までお送りし、グリフォードのいない暇な時間をお付き合いいたそう」 グリフの両手は背中のディラを支えていたために とうとう将軍に足を出した 蹴り飛ばそうと振り上げたけれど 腐っても、腐っていても将軍だ 簡単に避けられてしまった 「グリフォード隊長、少し退かぬか。お前の顔を見たいわけではない」 「……ディラとともに、我が家へ?」 「一人寝は寂しいだろうからの」 陽の高いうちからなんでディラが寝るんだ、ボケ! そういう本心はひた隠して グリフはものすごーく意地悪な顔で笑った それを見たアルム将軍が怪訝な顔をする 「将軍は馬車でしょう、|いつもどおり《・・・・・・》」 「……それが?」 「ディラは自分の馬で来ています。帰りも、あの柵を越えて帰るでしょう」 「は?柵とは、立ち入り禁止の赤い柵か?」 「ご一緒に?でしたらもちろん、馬を用意させますよ」 「……今日のところは、引こう」 「お帰りだ!」 「は!!」 くっそー 絶対また来てやるからな アルム将軍はぶつぶつと言いながら ようやく出て行ってくれた 隊員も彼を追って部屋を出る きっちり首都の外まで先導するはずだ アルム将軍の変態ぶりを体験した隊員もいるし 彼の変態武勇伝は恐ろしく浸透している 新たな被害が出る前に将軍を遠ざけようと考えるのが普通だ もちろん中には彼の軍人としての行動を尊敬するやつも 外見に騙されて慕うやつも 怖いもの見たさで近寄るやつもいる 将軍が食指を動かさないタイプの男は無事で済むけれど 彼のストライクゾーンは海のように広いので まず間違いなく泣きを見ることになる 馬の嘶きと車輪の音が遠ざかって グリフはようやく深い深いため息を吐いた スペラとグリフとディラしかいない部屋にそれは響いた 「戦闘能力は高いし、優秀な軍人なのに……」 変態は如何にしても治らないものだ

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