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第35話

グリフォードは愛しいマディーラを褥に残したまま 朝焼けの光を浴びて自室へ戻った ヤリ逃げかよ!!と批難を受けそうなこれは 一応作法に則ったものだ 厳密には違うけれど グリフォードの行動は夜這いに近い この国では昔から夜這いの文化が根付いていて 地方によっては廃れつつあるけれど 厳然と今でも残っている この国での夜這いの目的は 「身体で相手を陥落させる」ことにある 愛していると囁き 相手も自分を憎からず思っているらしいのに できることなら結婚を前提にと申し入れても なかなか色よい返事が来ない そういうときに相手の元へ通うのが夜這いだ 最後のダメ押し ほらほら素直になれよ身体は欲しがってるぜ的行為なのだ 通われる側に受け入れるつもりがなければ 勘違いすんなバーカと追い返される そういうときに「そんなはずはない」と無理を通せば なんて愛のない、と後ろ指どころか刃物を刺されてもおかしくはない この国での強姦は殺人に等しい 特に首都では「だったら下のお口に聞いてやるぜ」というやり方は アッチがヘタだとせっかくまとまりかけた話もご破算になりかねない諸刃の剣なので 最近の勢いに欠ける若者には敬遠されがちだ それでもやっぱり古式ゆかしいその慣習は いざと言うときは効果がある やはり身体を繋げてしまえば情が芽生えるし 相性がよければそこに執着もするだろう それを足がかりに一気呵成になし崩し的にどさくさ紛れに首を縦に振らせるのが夜這いの正しい姿であり醍醐味であり最大の目的である 寄せられる好意に頷くことに抵抗のなくなってきた今の世の中で 夜這いという最終手段に訴える男女は少ない それでもそのためのきちんとした手順やお決まりごととともに 夜這いは今も粛々と受け継がれている そのお約束事の一つ 身体を重ねたあとに同じ褥で眠って翌朝一緒に目覚めるのは 夜這いの本懐を遂げて想いが通じ合ったときにすることなのだ 愛に奔放なこの国でも 将来を誓い合わない相手と朝を迎える事はよしとされない 朝陽が射せば肌を離し お互いをこころで求めるのみ そうすることで身体とこころで結びついていく できることなら そんな夜這いの作法やお約束事を知らない彼を腕に抱いたまま 一緒に眠りたかった 一度は一緒に朝を迎えた事はあるのだから だけれどそんなことをすれば 通う方には無粋の評価がくだり 通われた方はだらしがないと軽んじられてしまう 誰も知らない同じ家の中でのこととはいえ グリフはディラの名誉に傷をつけたくなかった 「せめて湯浴みぐらいはなぁ……」 夜這いはグリフにとっても初めての経験だった 一応知識はあったのでその作法には従うけれど 愛しい人を残して去るのはとてもこころが痛む グリフが寝台を降りたとき ディラはまだ朦朧としていたのだからなおさらだ 湯殿へ運ぼうかと思った せめてそのくらいはいいのではないか だけど夜明けを告げにきたディラの従者に制された 主人を辱めるおつもりですか、と そう言われてしまえば引き下がるしかない 仮にまだ夜が深いうちに交わりを終えて 一緒に湯殿へ、と段取りをしたところで グリフにはディラの輝く銀の髪を上手に洗ってやることもできないし あの白い肌に香油を塗りこめるのも覚束ないだろう いや、香油での手入れは意外とイケんじゃね? 場所は限られるけど こうしてお互いに 相手にして欲しいことやしてやりたいことを意識し始めて 通われている方がどうか朝まで、と引き止めれば 晴れて夜這いは成果を得るのだ お付き合いしましょうという話になったり 結婚しようという話になる マディーラにはそんなつもりはなかろうが グリフォードとしては諸事に則って通うつもりだ 彼が結婚しようと言ってくれるまで 正式には一度通い始めたら 目的が達せられるまで毎夜通えとされている 押すの引くの焦らすのなんのという駆け引きや小細工は一切無視で ただひたすら打つべし!打つべし!!の精神だ しかし現代でそれは難しく なるべく日を置かずに足繁く通うというのが実情だが 通う回数よりも重視すべき事がある 訪ねれば、空の白むまで それができなければ通う意味はない そんな夜這いで意中の人を得ることなどできない グリフォードは体力に自信もあったし 連日連夜たっぷり朝まで生○○も望むところではあったけれど いかんせん仕事の都合がつかない すんません、ちょっと夜這いで、なんて言って休めるはずもない 夜勤のない仕事に就いている人だって 毎晩睡眠をとらないというわけにもいくまい 通われる方も然りだ ということで本願成就を目指してお百度参りににも似た気持ちで毎夜通うべきところを ほどほどに本気が伝わる程度に通うのだ グリフォードの場合は不本意ながら家に戻れない日があるので 睡眠はその日にとって 家に戻る夜は全部マディーラの元へ通うことにする グリフは少し不安だった 何も知らない彼が目を覚ました時に 自分を愛情の薄い男だと思わないだろうか 情事の最中はうるさいほどに愛してると繰り返すくせに 終わってしまえば睦言を交わすこともなく消えてしまった そんな時間を取れないほど貪った結果ではあるけれど あの繊細で無垢な男が そんな一夜を辛く思いはしないだろうか グリフは小さくため息をついて 庭を彩る花を見た 美しいそれらはマディーラが植えたものだ 花の美しさにさえ引けをとらない自分の婚約者 早くお嫁さんになって欲しいとこころの底から思った

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