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第36話

グリフは心地よい眠気と戦いながら一人で朝餉を前に座っていた ディラは来ないようだ 従者がそう伝えにきた 「……そうか。様子は?」 「お変わりなくお過ごしでいらっしゃいます」 「……そうか」 変わるだろぉ、普通 昨夜、っつーかついさっきまであんな事してたんだぞ? お前らだって聞きたくなくても聞こえてきてたっしょ? ……まあいいや グリフは逢瀬の余韻と眠気を引きずったまま 馬を駆って駐屯所へ出勤した その日の晩 グリフは少なくとも夕餉は一緒にと思っていた しかしなんだかんだとゴタゴタあって自宅には戻れなかった 仕方がない グリフはそう自分に言い聞かせて翌日の仕事に精を出し 今日は早めに帰ろうと考えた夕方に またしても小さくない揉め事が起きてその対処に追われた そして駐屯所の仮眠室で二晩連続で眠る羽目になる ついこの間までそんなことは日常だった マディーラが現れるまではそれでよかったけれど 今は彼に逢いたくてたまらない 寝所で愛を交わせなくてもかまわない ただ彼の傍にいたかった グリフは一人で眠って目覚める寂しさにヘコたれていた 目を閉じれば彼の笑顔 ディラへの愛が溢れそうになる 誰かにそれを貰ってもらうわけにもいかず 悶々するしかない いくらなんでも職場で自慰は躊躇われる 今日こそは絶対に そうこころに固く誓ったグリフを脅かすのは 最近首都で頻発している小火と窃盗だ どちらも以前捕まえたやつらと同じ集団だろうと思われる 新国王への反旗 首都を護る猛者たちは一網打尽を狙って動き出そうとしていた 首都警護部隊の参謀部がその作戦を練り始め 将軍以下隊長は頻繁に本部に集まって現状分析に時間を割いた 「……グリフォード」 「は」 「昨日、マディーラ殿がうちへ来られたそうだ」 「……そうですか」 額を寄せ合う会合も 新しい報告がなければそれほど緊迫はしない 今日は家に戻れるだろうかと考えていたグリフに ミズキ将軍が声を掛けた 「とても疲れたのではあるまいか。うちの子らがたいそう懐いたらしい。子どもの相手は大変だからな」 「あいにく二日ほど家を空けておりますので」 「なぜ?さっそく痴話げんかか」 「仕事です任務です致し方なくです」 「左様か。それは残念なことだ」 「残念……?」 「これ以上は申すまい。さて、参謀部ののろまが策を挙げてくるまでは全隊通常任務」 「は!」 そりゃハルト様と比べれば参謀部はのろまかもしれないけど 働きが悪いわけではない どれだけ優秀な参謀もすでに伝説と化したハルト様を越える事は出来ない グリフォードは重い身体でようやく腰を上げる ディラはどうしているだろう ハルト様の所へ行ったのなら臥せっていることはなさそうだ 養父母の所へも顔を出しているのだろうか 逢いたくてため息が出る 結局その晩もグリフは家に戻れなかった

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