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第40話

「ディラ……水を」 「ん……」 仲直りエッチはとりあえず一息ついた ディラの中へ溢れるほど愛を注ぎ グリフの腹や手にはディラの喜悦が何度も吐き出された グリフはディラを湯殿へ運んで肌を清めてやり 真っ白で柔らかい織物で彼の全身を包むと 寝室の手前の部屋の大きな長椅子にそっと座らせた グリフは同じような布を腰に巻いているだけだ 「髪が濡れてしまったな……すまん」 「かまわない。放っておけば乾く」 うまく洗ってやることも出来ないし 食事のための小休止だから髪が濡れないように気をつけたつもりだったけれど つるつると滑らかなディラの銀髪は 不器用にグリフが結わえた紐から幾束も逃げていった ディラはその濡れた髪を指に絡めて嬉しそうに微笑む 「グリフ……ありがとう」 「いや」 「ずっと思っていたのだが、グリフは力持ちなのだな」 「え?」 「私を抱えて歩くのは、重いだろう?」 「重さはあるが苦ではない。愛の為せる業だ」 「うむ……そうか」 グリフの手にある杯をその手ごと引き寄せて マディーラがおいしそうに水を飲む 動く喉元を見るだけでグリフはたまらないような気分になる 少し肌蹴た布の隙間の白い肌 散らした赤いあとが劣情を満たす ああ、やばい さっさと腹ごしらえして 腹ごなしと称して再開しよう 食事を運んでもらって長椅子に寄り沿って座り おいしい夕餉を一緒に食べた ディラとの食事は格別だ 裸同然の格好での食事にディラは戸惑っていたけれど 手で食べるようなものを用意してくれていたので そういうものか、と笑ってくれた 「今度一緒に、どこかへ出かけよう」 「うむ?」 「おいしいものを携えて。そうだな、花畑などはいかがか。河の傍なら舟でも遊べる」 「おお、それはまさか……!」 「まさか?」 「遠足、ではないのかっ!」 キラキラと目を輝かせて ディラはぎゅうっと手をグーにして 頬さえ赤らめて言い放った グリフは口の中のものを噴き出さないように堪えておかしな声が出た たまたま給仕をしてくれていた者にまでそれは聞こえ 慌てて水を差し出される 「す、すまぬ。違ったか」 「違わない、違わないよ。遠足だ。楽しいぞ」 「行きたい!」 「ああ……明日は?俺は明日と明後日が休みで」 「明日はダメだ」 「なんで!?」 ノリノリだったのに!? グリフは断られるとは思いもよらなかったので 思わず聞き返していた ディラは食べ終えて美しい指を拭いてもらっている 「どこかへ出かけるのか?」 「うむ」 「王宮か?」 「いや。ハルト様の所へ」 「しかしディラ、つい先日も伺ったのではないか?」 「な、何故それを知っているのだ!?」 「ミズキ将軍が……」 そんなにうろたえる事か? グリフは自分の中に芽生えたのが 強すぎる独占欲だと気づいて暗澹たる思いだった 落ち着け ディラを閉じ込めたいわけじゃない でもたまの休みなんだよ!? しかもこう、今が一番イイ時っていうか 「閣下にはお会いしていない」 「ああ、ええっと、ハルト様から聞いたのだそうだ」 「……何か、他に?」 「あちらの子らに懐かれたとか?疲れたのではないかと」 「そうなのだ。私の膝に乗って本を読んだり、私のつ」 「つ。……つ?」 「なんでもないっ」 隠し事……なのか?だよな? グリフは内心穏やかではなかった テーブルの上は片付けられ 屋敷の者は下がってまた二人きりになっていた 問い詰めたいっ しかしここは男のヨユーで乗り切るべきかも知れない 後宮から外へ出てきて 義理とは言え父母と呼べる人や慕う人ができたのだ 秘密のひとつやふたつやみっつあってもおかしくない 浮気ではないだろう ささやかな秘密くらいで騒ぐな、俺 しかし、問い詰めたいっっ! 「……では、俺も一緒に」 「ダメだ!」 「なんで!?」 「……グリフが来たら困るのだ」 「ディラ、俺に言えない事があるのか」 ああ、聞いちゃった…… でも来たら困るってどういう状況だ!? グリフはディラの肩を掴んで向かい合い 鼻からため息を出した 「……言えない、というか、言いたくないというか」 「むしろ傷つく……」 「違う、違うのだ!あの、明後日!明後日ちゃんと話すし、遠足も行きたい」 「では俺は、明日一日を悶々と……」 「グリフ……お願い、今だけだ」 どんよりとうなだれるグリフの腕をきゅっと掴んで ディラが必死に言い募る 鮮やかな紫の目で見つめられて「お願い」とか 頷くしかないっつーの…… 「……わかった。では、明後日?」 「うむ!」 「遠足も」 「うむ!!」 「承知した」 「グリフ、ありがとう!」 飛び切りの笑顔を見せて ディラはグリフに抱きついた 纏っていた柔らかい布がするりと肩から腰まで滑り落ち 露わになった上半身がグリフの肌と触れ合う そのぬくもりにグリフは少しは気が治まった 「グリフ」 「ん」 「お詫びに、他の事なら何でも話す。何か知りたい事はないか?」 「ディラの事なら何でも知りたい」 「それは私もだ」 「お詫びじゃなくて」 「うむ。お互いを知りたいから」 「そうだな……俺がいない間、ずっと庭にいたそうだが」 「グリフは本当に何でも知っているのだな」 ディラは深く頷きながら感心頻りといった表情だ しかしコソコソ嗅ぎ回っていると言われたようで またしてもグリフは居たたまれない気分だった 「花の手入れを?」 「うむ。この国はずっといい季節だけれど、花にはそれぞれ得意な時期があるから」 「あれも、ディラが置いてくれたのか」 「うむ」 窓の傍の大きな花はディラによく似合うと思う 白い花びらの一枚にだけ鮮やかな赤い筋が入っている珍しいものだ 離れていても感じられるほど濃い芳香が漂っている 「綺麗な花だな」 「うむ。あまり咲く期間は長くないのだ。切れば一日しか持たぬ」 「そうか。では今日飾ってくれたのか?」 「……昨日も、おとといも」 「え?」 寒くはないだろうか グリフはディラを織物で包みなおし抱き寄せた ディラが甘えるように身体を預けてくれるので 腿の上に横抱きに乗せ 近づいた頬に優しく口づけを落とす 「あの香りに誘われて、グリフが帰って来ればいいと思って」 「なんといじらしい事を……」 「あの花を使ったのだ」 「ああ……そうか、この香りか」 覚えている きっと一生忘れない あの晩ディラから立ちのぼった甘い香り 確かにこの香りが届けば誘われてしまうだろう 「愛してる、ディラ……ありがとう。待っていてくれたのだな」 「当たり前だ。ずっと待っていた。待っている間に怒ったりした」 「そうだったな」 「グリフは何を考えたのだ」 「結婚の事を」 「……」 マディーラはするりと目を逸らして顔を伏せた グリフォードはその額に口づけて腕に力を込めた 「こだわる必要はないと思った」 「……え?」 パッと顔を上げたディラは驚いていた グリフはこくりとひとつ頷いて ディラの唇に吸いつく 「ディラと出逢った日を思い出していたよ」 「うむ」 「俺は、自分のこれからを憂いていたけれど、ディラを見た途端、なんて幸運なんだと思った」 「そうなのか?」 「そうだ。綺麗でかわいいあなたを見て」 「そう、か」 照れたように唇を噛み 頬に手をやるディラはやはり綺麗でかわいい 「お嫁さんになってくれると言ってくれたディラの笑顔で、俺は頑張ってこられた」 「そうか」 「大人になったディラの美しさに、目が眩みそうになった」 「そうは見えなかったぞ」 「ん?」 「私が薄布の向こうから見ていたグリフの方が、よほど眩しく輝いていた」 「そうか?」 「そうだ」 ディラの方から顔を寄せて ちゅ、と口づけをくれる グリフもちゅちゅちゅ、と返す 「前の陛下が退位なされたとき、俺はディラが消えてしまうのではないかと思ったのだ」 「え?どこへ?」 「どこかへ……違うな。幻のように、思えたのだ」 何もかもが夢で あんな美しい人はこの世にいるはずもなく だから自分はマディーラとは一生逢えないのだろう ただぼんやりとそんな風に考えた日もあった 「ここに」 「ああ。マディーラが来てくれたことが、どれほど嬉しかったか」 「……ずっと待っていてくれたのだな」 「そうだよ。ディラもだろう?」 「うむ」 「愛してる」 「私もだ」 どちらからともなく重なる唇 離さなければならないのが惜しいほど 口づけているのが自然に思えるほど お互いを愛している だから 「これだけ傍にいて、想い合っているのなら、結婚を急ぐ必要はないと」 「グリフ。無理をしているのか」 「してないよ。どうしようもなくどんくさい俺だ。ディラを抱いて、逢えなくて、ようやくそう気づいた」 「しかし」 「お嫁さんに。でもそれは、いつでもいい」 「グリフ……」 「俺は今、満たされている。ディラはいかがだ」 「十分過ぎるほどに」 「そうか」 グリフはすっかり乾いて輝きを取り戻したディラの髪を撫で 嬉しそうに笑った そう、その笑顔で満たされるのだ ディラはこころからそう思った 「ディラの思うままに……それが俺の望みだ」 「うむ。ありがとう、グリフ」 「愛してるよ、誰よりも」 「私も、負けないほどに」 「ありがとう」 ディラはグリフの逞しい胸に頬を寄せ 手のひらを差し出した グリフは何も言わずに指を絡ませてその手を握る ディラのもう片方の手がその甲に重なる 「愛してる……グリフ」 「ああ」 「ああ、では、困る」 「愛してる、マディーラ……そう言えば、都合のいい成分もあの花から採れるのか?」 「それは別だ」 「そうか。薬草とか」 「うむ。後宮では色々な事を教わる。薬学も」 「そうか。……では、後宮の事を聞いてもよいか?」 「私の知る事であれば、なんでも」 強く頷いて請け負うディラに口づけしたとき 見事なタイミングでお茶を出された ディラの従者であるオキノに二人で礼を言い 夜は優しく更けていく

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