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第42話

翌日 マディーラはグリフォードの腕の中で目が覚めた 二度目とはいえ まったく違う朝にしあわせを感じる まだぐっすり眠っている愛しい婚約者に優しく口づけして いつも彼がしてくれるように頭を撫でてあげる しばらくそうしているとようやくグリフの目が開いた 「ん……ディラ……」 「おはよう、グリフ」 「ああ……早起きだなぁ、ディラ……」 「うむ。グリフはまだ眠いか?」 「……んふんん……」 高く筋の通った鼻梁 そこから眠気たっぷりの息を漏らして グリフはまだウトウトしている 返事をしているつもりなのだろう 唇はかすかに動いている おもしろい…… マディーラは笑いながらその唇を指でなぞり グリフに囁くように声を掛けた 「私は行かねばならない。グリフ、ゆっくり休んでいて」 マディーラの言葉に眉を動かして 目を開けようとしているようだが失敗している 疲れているのだろう ディラはもう一度グリフに口づけしてから するりと寝台に脚を降ろした 「……服がない」 素っ裸で廊下を歩いて自室へ行くわけにもいかない ディラが小さく誰か、と呼ぶと グリフの部屋つきの男が音もなくやってきてくれた 「すまないのだが、服を……グリフのでもかまわない」 「マディーラ様のお部屋から、届けていただきましょう」 「うむ」 そんなやり取りをして従者を見送ったら 背後から抱きしめられてあっという間に寝台に逆戻り 「どこへ行く?」 「ああ、起きたのか。おはよう」 「おはよう。ディラ、俺を独りにしないでくれ」 「うむ、ちゃんと辞する旨伝えたぞ」 「承知はしてない」 「で、あるな。すまぬ、私は行く所が」 「まだ朝も早い。いま少しここへ」 「別に早くは、んっ……!」 早い時間ではない グリフは寝ぼけているのか いつもよりもずっと強引にディラを押さえ込む やわではないけれどマディーラは鍛えているわけではない 大柄な筋肉の固まりに圧し掛かられてはたまらない しかも動けないようにする箇所だけを的確に掴まれて 抵抗らしい抵抗もできないままに翻弄される 嫌じゃないだけにどうしようもない 「グリフ、ん……っ!」 「昨日よりも愛してる、ディラ……」 寝起きの野太い声は掠れていて マディーラは耳にしただけで気持ちよくなってしまう あっという間にほどけた身体は グリフと繋がって切なく締まっていく 気遣いはあるけれど遠慮のない交わりは 朝も夜も関係なく深い幸福感と快感をもたらす 「今日は忙しいのだ」 自室に戻ってディラは一人で呟いた 養父母の家へ行く約束をしているし ハルトのところへもう一度行って 明日の遠足の準備について教えてもらわねばならない 久々に帰ってきた婚約者と 日がな一日寄り添っていたい気持ちはもちろんあるけれど 今のディラの頭の中には初めての遠足への意気込みと 養父母が紹介してくれるというグリフの義妹のことが気になっていた 「……失礼のない程度に、盛装をしたい。グリフの妹君にお目にかかって、父上様、母上様と一緒に昼餉を」 「はい。では髪は高く結いましょう」 「うむ、頼む……ああ、もうこんな時刻か」 「グリフォード様は愛情深くていらっしゃるようですね」 「うむ……でも寝ぼすけだ」 「お疲れでいらっしゃるのでしょう」 「かもしれん。だから寝ていればいいのに」 「マディーラ様に笑顔が戻って何よりでございます」 「……で、あるな」 マディーラは鏡に映る自分の顔を眺めた 鮮やかな紫の瞳は輝き 薄紅の唇は柔らかくふくらんで笑みを形作っている ここ数日はどんよりして色あせて見えた銀の髪も 意外と器用なキブカが梳いてくれる度に光を放っている そんな自分をなんだか誇らしく思えて マディーラはいっそう微笑みを深くした 「……グリフのおかげだ」 「ええ……いいことですね」 「うむ。しかし、今日は一緒にいる暇がない」 「仕方がありません。マディーラ様は籠の小鳥ではないので」 「うむ」 「後宮を出て、自由の身になられて、自らグリフォード様の傍らへ。これより先もマディーラ様のお気持ちのままでよろしいかと存じます」 「……うむ」 どこへ行ってもかまわないと言われた どこへでも行けるはずだと マディーラは躊躇わずグリフに逢いに来て ずっと一緒にいたくてこの家にいる 自分の意思で下した人生で一番大きな判断は間違っていなかった 「ディラ」 夜着ではないけれどゆったりとした服で 短い髪はまだ寝癖がついている そんな状態でグリフォードがディラの部屋を訪ねてきた さっき愛を交わし合って ディラ、今日も愛してる グリフはそう言ってまた寝てしまったのだ ガッチリ抱きしめられたままだったので抜け出すのに苦労した 着替えを済ませて支度を整え さあ出かけようというタイミングだった 「……そんなにめかし込んで行く必要があるのか?」 「あるのだ。今日は父上様と母上様のお宅で、グリフの妹君にお会いする」 「聞いてないぞ!?って、妹ってどの?」 「リーズル殿とおっしゃったか」 「なんで?俺だってもう何年も会っていない」 「らしいな。リーズル殿は、グリフがお嫌いだとか」 「……昔よく泣かせたからな……」 グリフは困ったような顔をして頭を掻いている 父母によれば 歳の離れた兄妹はよくけんかをし 勝気な妹に負けじと本気を出したグリフが結局は妹を泣かせて 「お兄ちゃんなんかだいっきらい!!!」と絶叫される毎日だったそうだ 泣かせてしまってオロオロしている上にその発言 当然のように両親からはゲンコツを食らってトリプルパンチでどっぷり落ち込む それを繰り返しているうちにグリフも大人になって 大人になると同時に家を出て軍人になった 兄にすれば妹の事はかわいいけれど 妹にすれば未だに厄介な兄らしい マディーラはしょんぼりしているグリフに抱きついて笑った 「ご結婚なさるのだそうだ」 「ああ……それは聞いている」 「花が欲しいとおっしゃっているので、株分けを」 「そうか」 「うむ。父上様と母上様が、せっかくだから一緒に昼餉をと誘ってくださった」 「俺も行く」 「ダメだ。リーズル殿が気の毒だ」 「ディラ、冷たい……」 「幼い頃に、意地悪をしたグリフが悪いのだろう?この度は我慢せねば」 「しかしなぁ」 グリフは口を尖らせて拗ねる マディーラは笑いながらその口に指を当てた 「お留守番だ、グリフ。たまにはいいだろう」 「……昼餉が済んだらすぐ戻ってきてくれるか?」 「ハルト様を訪ねるので無理だ」 「ディラぁ……」 「ゆっくり寝ていればよいのだ。では、行って参る」 「ではせめて、一人でいられるだけの口づけを」 「……うむ」 甘く優しく口づけて ディラは腕を伸ばしてグリフの頭を撫でた グリフはまだブツブツ言っているけれど さっきの色々で時間はなくなってしまった もう行かねばならない 「お留守番、できるか?私は上手にできるぞ。コツを教えようか」 「……いい。いい子にしている。早く帰ってきてくれ」 「うむ!」 大切に育ててきた花の株を携えて ディラはテクテクと両親の邸宅へ向かった 急いでいるからといって馬で行くこともなく 本人の気持ちはともかくとして 村人から見ればとてものんびりした移動だった 「マディーラ!どこへ行くんだ?」 「両親のおうちへ」 「気をつけてー!」 「ありがとう」 マディーラはホクホクと笑っていた 最近めっきり村の人と仲良くなって なんだか仲間入りできた気分なのだ 最初は威勢のいい話し方に戸惑ってばかりだったけれど みんないい人でとっても親切だ ついてきてくれているキブカだって いつもは怖い顔なのに顔見知りの人と笑顔で挨拶を交わしている

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