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第43話

「いらっしゃーい」 「お待たせしてしまいましたか?」 「いいや、大丈夫。リーズルも今来たところだよ」 「そうですか」 「今日はまた一段と華やかだね、マディーラ」 「華美に過ぎましたか……?グリフの妹君にお会いできるので、少しおめかしを」 「ありがとう、マディーラ。そういう優しい心遣いはあなたの素晴らしい長所よ」 「よく、わからなくて、母上様」 「そこがいいのよー」 出迎えてくれた父母は交互にマディーラをかわいがり マディーラはよくわからないけれど嬉しくてニコニコと家の中へ進んだ 客間には小柄な女性が待っていた 「うわー!!すごい!綺麗!きれーい!!」 「リーズル、およしなさい」 「だってお母様、想像以上なんだもの!」 グリフは寡黙とはいかないまでもそれほど賑やかではない しかしリーズルはなかなか賑やかな女性のようだ マディーラは女性と接する機会の非常に少ない二十年を過ごしたために リーズルの動きも言動もひどく興味深く思えた 「マディーラです、リーズル殿」 「こんにちはー!」 「こ、こんにちは」 「兄貴は元気にしてますか?」 「はい。今日もこちらへ同行したいと」 「邪魔すんなって言っておいてください」 「ええ、そのように」 おもしろい…… 血が繋がっていないのだから似ていなくて当たり前ではあるけれど 左耳の後ろで一つに束ねた豊かな金髪を揺らしながら 大きく口を開けて笑うリーズルは グリフの妹君だと納得してしまう雰囲気があった 「リーズル殿は、なんのお仕事をされておられるのですか」 「軍部にいます」 「なるほど」 きびきびした物腰は軍人のそれに近い 女性の兵士も少なくはないけれど リーズルは戦闘員ではないそうだ 少し日焼けした肌は健康そのものでとても好ましい印象だ 「私のこと、ジリーって呼んでね、マディーラ」 「ジリー……承知しました」 「合点承知のすけ!とかでいいよ」 「がっ……しょう?」 「マディーラ、好き嫌いは?」 「いえ、特には」 「なんでもこい?」 「な、なんでもこい?です」 「かかってこいや!とか」 「いい加減にしなさい!」 「だって~」 おもしろいっ マディーラは目をキラキラさせながらジリーのあとを追った ジリーは両親からお小言を貰っている 今日の昼餉は彼女が用意してくれたらしい 料理を教えたのは母なので いつもこちらでいただくのと同じような食事ではあったけれど いかんせん量が凄まじかった 「父上様、母上様」 「なんだい?」 「どなたかまだ来られるのでしょうか?ジリーのお相手の方のご家族ですとか」 「我々のか弱い胃袋だけで、この現状に対処せねばいけないのだよ」 「……さようでございますか」 「余ったら持って帰ればいいでしょ!兄貴の好きなのも作っておいたわ」 「ジリーは、グリフがお好きなんですね」 「しょうがないわ、家族だから。だからマディーラも覚悟しといて」 「がってんしょーちのすけ」 「あら、やるじゃない」 「マディーラ、おやめなさいっ」 健やかで美しいジリーは快活に笑い健啖ぶりを発揮し 男のマディーラの倍近くを平らげた それでも大量に残った料理は 最初からそのつもりであったかのように 家人によって持ち帰れるように箱に詰められていった 「ジリー、この度はご結婚おめでとうございます。花を、と伺ったので持ってまいりました」 「ありがとう!マディーラは後宮でお花を育てていたとか」 「はい」 「そう。私でもうまく育てられるかしら」 「愛があれば」 「私のありったけの愛は、バークに向いてるからなぁ」 ジリーは嬉しそうに笑う 頬を染めて首を傾げる様はしあわせそのものといったところか 思わずマディーラは茶杯をテーブルに戻して 彼女に向き直った 「……失礼であれば、お許しいただきたいのですが」 「なに?」 「何故、結婚という道を選ばれたのか」 「一緒にいたかったからよ」 「想い合っていれば、結婚しなくとも一緒にいられましょう」 「そうねぇ。でも私、わりと常識人で頭固いから」 両親は一斉に目をつぶって首を横に振った ジリーの自己分析と周囲の見解の差異はひとまず置こう マディーラは高く結われた銀の髪をサラサラと揺らしながら 首を傾げてみせる そのしぐさはとても繊細で穏やかで上品だ 「マディーラはどうして兄貴と結婚しないの?」 「……よく、わからなくて」 「結婚しようがしまいが状況が変わらないのであれば、兄貴がしたがってるならしてあげれば?」 「……で、ございますね」 「何か引っかかりますか?」 「いえ……きっと私も頭が固いのでしょう」 両親はまた首を横に振って 苦笑いを浮べながらディラとジリーを残して席を立った ジリーの嫁入りの支度で忙しいそうだ 本人はのん気なものだけれど 「あのね、マディーラ」 「はい」 「私は捨て子なの。首都に拾われて今の両親が育ててくれたの」 「はい」 「だからきっと、家族が欲しいのね。できるだけたくさん」 「たくさん、ですか」 「グリフォードも含めて、今の家族も大好きで大切よ。でも、自分で選んだ愛する人と家族になりたいの」 「……家族になる、ということなのですね。結婚は」 「じゃないかしら?よくわからないわ。私は、家族になるには結婚という儀式を通らないとダメな気がするの」 「頭が固いから?」 「ええ、そうね」 ジリーは優しく微笑んでお茶を口にした しあわせをかみ締めているように見える マディーラはそれが羨ましかった 「約束が欲しいのよ」 「え?」 「誓いじゃないの。お互いに約束したいの」 「どんな約束ですか?」 「ずっと愛し合いましょうねって約束」 「……しあわせですね」 「ええ。誓いは一人のものだけど、約束は二人のものよ」 「みんなに、祝福を」 「そう。愛しているの、彼を。一生愛しているわ。だから約束するの。それをみんなに「それはいいわね」って言って欲しいの、笑顔で」 「やはり……よくわからない」 「そう?」 あはは、と笑いながら ジリーはお茶のおかわりを頼んでいる マディーラは不思議だった 毎日一緒にいることが大切でお互いが大切なら 周りの祝福をそれほど求めるものなのか 「マディーラは、危機感がないのかな」 「危機感、ですか」 「そう。私は軍人だからね」 「グリフもですね」 「バークもよ」 「で、ございますか」 「だからやっぱり、相手や私に何かあったときのことを考えるわ」 「何か……」 マディーラのこころの裏あたりがスッと冷えた 家でグリフを待つ毎日 彼がもし帰ってこなかったら 「何かあったとき、家族かそうでないかはけっこうな差が出ると思うの」 「何か、とは」 「死んじゃっても、家族ならずっと家族でしょう」 「死ぬ……のですか」 「そりゃ死ぬわよ、たまには」 「たまに、死ぬのですね」 「そう、たまにだけどね」 そのたまの災難が愛する人に降りかかったとき 自分が相手の家族であれば あるいは家族でなかったら 「愛ってすごいと思うの」 「はい」 「でも、愛だけじゃ足りないこともあるかもしれないでしょう」 「はい」 「家族になりたいの。一緒にいなくても愛し合えるように」 「……離れるのですか、愛しているのに」 「愛していても距離は生まれるわよ。でも、離れていても家族の絆は消えない」 「離れなければ、よろしいのでは」 「そうもいかないのが世の中ってもんよ」 「で、ございますか」 世の中ってもんなのか、それが マディーラはものすごく納得した 奔放そうなジリーはやはり聡明のようだ 笑いを交えてはいるけれどそこに真摯な覚悟が伺える 「遠く離れて、例えば二度と会えなくても、家族は家族よ」 「はい」 「だから私がお嫁さんになってこの家を出ても、家族なの」 「ええ」 「でもねぇ、マディーラ。私は多分、欲が出ただけ」 「欲……でございますか」 ふふふ ジリーはちょっと悪い顔をして意味深長な笑みを浮かべる そして、独り占めよ、と言った 「恋人も素敵。でも、家族も素敵。そんな感じよ。両方イタダキよ。バークの恋人も家族も私がなるわ!」 「そうですか」 「欲張りって、楽しいの。マディーラも試すといいわ」 「はい」 欲張りは試せるものなのか マディーラはやはり首をひねったけれど 楽しそうに笑うジリーを見ていると 試してみたくなった

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