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第44話

大量の食べ物を持たされたので馬車を呼んでもらった 両親の家を辞して将軍邸へ向かう途中 ディラはツラツラと考え事をしていた どうして結婚しないのか? 愛があって、相手が望むのならそうしてもいいのではないか グリフがそう望むのなら 「よく、わからない」 家族になりたいのだとジリーは言った 何かあったときに家族か否かは大きく違うと 逢えない時の絆は家族のほうが強いと 「あとは……両方イタダキ、か」 それが一番しっくりきた 想い人から晴れて名実ともに婚約者となり 結婚してお嫁さんになれば全部イタダキだ 欲張りは楽しいと言う 「キブカ」 「はい」 「私は、あまり欲がないほうだと思っていた」 「はい」 「でも、そうでもないらしいのだ」 「はい」 「……どんどん欲張りになっても、楽しいのだろうか?」 「物欲でございますか?」 「いいや。性欲と独占欲と自己顕示欲だな」 「グリフォード様へ、であれば、楽しくお過ごしになれるかと存じます」 「……苦しくはならぬだろうか」 「苦しみを避けて、楽しみは得られません」 「ふーむ」 グリフに焦がれる 今はまだ自制できる でもお嫁さんになったら歯止めが利かなくなりそうだ いつも愛して ずっと傍にいて 私以外を見ないで グリフは嫌にならないだろうか 「マディーラ様」 「うむ」 「不安でございますか」 「……おそらく、で、あろうな」 「グリフォード様の至らなさということでございますね」 「え?いや、グリフは悪くない」 「そうでしょうか?愛情が足りないから、相手に不安な思いをさせるのでは」 「キブカ、顔が怖いぞ」 「自分の主人を心配しない者はありません」 「ありがたいと、いつも思っている」 「出すぎたことではございますが」 「何か」 「……きっと、お分かりになります。家族になりたいという気持ちが。ですからご案じ召されませんように」 「……うむ」 マディーラは隣に座っているキブカに笑いかけた キブカは大量の食べ物を詰めた箱に埋まりそうになっている そうこうしている間に馬車は将軍邸の立派な門構えの前に停まった 「ああ、マディーラ殿」 「お邪魔を致します」 「ちょうどよい。今日は子らが出かけているのでな、静かなのだ」 「みんなですか?どちらへ?」 「うむ。近所の子らが連れ立って河へ遊びに」 マディーラは無言でハルトの懐へ入り 若干背の高い彼の顔を見上げた ハルトが何事かと一歩引けばそれ以上の一歩でまた近づく ハルトはあっという間に壁際へ追い詰められる 「マディーラどの?」 「まさか、それは遠足、でございますか!?」 「そう、かな?誰もそのようには言っておらなんだが」 「何故です!?お弁当は持参されたのでしょうか!?」 「ああ、持たせた。アレを入れろコレがいいとうるさく騒いでおって……」 「お弁当を携えて、少し離れたところへ楽しく出かけるのを遠足と言うのですよね!?」 「大体、当たっておろうな。マディーラ殿、いま少し、離れておくれ」 「これは、失礼を……興奮してしまって」 「そのようだな」 マディーラはハルトに大変な勢いで迫っていた 衣同士が触れるほど いくら夫のある身でも マディーラの美貌で迫られてドキドキしない方がおかしい たとえ話の中身がよくわからなかったとしても 「マディーラ殿、今日は何をしようかの」 「マディーラは、ハルト様にお願いがあって参上いたしました」 「……なかなか恐ろしげな切り出し方であるな」 「先日、教えていただいたお菓子の作り方をおさらい致したく」 「ああ、かまわないよ」 「あの!それから!」 「なんだ」 「……お弁当は、無理でしょうか」 マディーラは両手を自分の口元で組み 祈るようにハルトを見上げた 先ほどの無礼を踏まえてそれなりの距離は保っている 家の諸事にまったく疎い自分がお弁当なんて…… でも諦めきれませんっハルト様!! ハルトはマディーラの目は雄弁であるなと感心していた 「遠足……へ行く予定がおありか」 「明日!グリフと……時期尚早でしょうか」 「それはどちらの意味で」 「両方です!」 「きっと我々の選択肢は一致していないだろうな」 「わかりかねます」 「かまわない。隊長は何が好きかの?」 「ええと、確か」 マディーラは一緒に過ごした中で発見したグリフの好きなものをたくさん列挙した その中には睡眠だとか馬だとかゆったりした服なんかも含まれていたけれど たまに弁当に入れられそうなものも出てくるので ハルトはお茶の用意をしながら相槌を打って先を促す 「マディーラ殿の観察眼は素晴らしいの」 「さようでございましょうか?」 「ああ……マディーラ殿、弁当は出かける日の朝に作るものだが、早起きできるか?」 「夜を徹する覚悟でございます」 「見上げたものだ。グリフォード隊長はしあわせ者だの」 ハルトはわかりやすく弁当を作るコツを教えて マディーラの言うグリフォードの好物を 弁当へ入れられるように作り方を考えて 目の前で一緒に作ってくれた マディーラの器用な手先はハルトと同じように動き 隣に立つキブカが一生懸命手順を書き留めてくれているので きっと自宅に戻っても一人でも作れるだろう 「……これだけでは、グリフのお腹は満たせませんね」 「であろうな。あとは家人に頼るべきだと思うがの」 「はぁ……」 「マディーラ殿はグリフォードの食事を用意する人ではないから、何もかも全部と言うのは難しい」 「……で、ございますね。日々の積み重ねがなくては」 「まあ、よいのではないか。食事の支度など、誰がしても同じだ」 「それは、そうではないように存じます」 控えめに しかしマディーラははっきりとそう言った ハルトは口を開けて笑っている 「マディーラ殿はけな気であるな」 「いえ、そんなことは」 「愛しい人のために悪戦苦闘を厭わず、徹夜の覚悟。けな気であろう」 「ハルト様も、ミズキ将軍閣下のためにはそのようになさるのでございましょう?」 「それは妻だからな。家族の食事の支度は私の役目だ」 「……私は」 「恋人のうちは、そのようなことをせずともよいし、もちろんしたければすればよい。恋人同士の時は、何事も自分の好きにしてよいのがいいのだ」 「……では、お嫁さん……妻になったら、何がよいのでしょうか」 「そうだのぉ」 ハルトは出来上がった弁当のおかずを箱に詰めて テキパキと片付けるとお菓子の準備に取りかかった 一度作った事のあるマディーラも 何を使うのか覚えているのでさっさとそれを手伝い始める 「あれは私のだと言えるところかの」 「あれ?」 「ああ、ミズキを。誰憚ることなく、自分のだと言える」 「はぁ……」 「もし仮に、仮にではあるが、私に何かあったとしよう」 「……たまに、ございますものね」 「ん?」 「いえ。お続けください」 「ああ。その時に、首都警護部隊の将軍であるあれに、帰って来いと言える」 「……はぁ」 「全部放り出して私の所へ帰って来いと言えるのだ。国王陛下に対してであろうとも、私のものだから返せと」 「……よく、わかりません」 「であろうな」 「願うことすべて、口にしてもいいということでございましょうか」 「いざとなれば。普段はそれを口にしないのが賢い妻で、賢い妻の願いを察するのが賢い夫だ。そして有事にそう言えるとなると、多少のことでは動じぬようになる」 「わ、私には些か、難しく……」 「隊長にはもっと難しかろうのぉ」 くくくと喉の奥で笑いながら ハルトが大きな器に粉や砂糖を入れ始める マディーラはそれを頭の中でおさらいしながら 次に入れる材料をハルトに渡していく 「マディーラ殿は、いい事があればお嫁さんになるのか?」 「……いいえ」 「結婚はいいものだと確信できるまではしないおつもりか」 「いいえ。ただ、よくわからないのです。婚儀にこだわる理由が」 「一番こだわっているのは、そなたではないかの」 「え?」 マディーラはきょとんとしてハルトを見つめた ハルトは器の中身を木ヘラでさくさくとかき混ぜている それだけでもう甘い匂いがたち込める 続きを、と器ごと手渡された 「しっかり混ぜねばふくらまんのだ」 「はい」 「マディーラ殿は自覚がないのかもしれんが」 「はい」 「長い間、お嫁さんになりたいと願い続けてこられたのだろう?」 「はい」 「だからそなたにとって、それがとても特別なことになっているのだろう」 「……お嫁さんになるのは、特別なことではございませんか?」 「特別なのは、お嫁さんになりたいと思える相手を見つけたことだ」 コトン、と木ヘラが器の底を叩いて止まる 愛に溢れたこの国で 愛し合う相手を見つけられたことが特別……? そうなのだろうか 誰もがそういう相手と巡り逢うのではないのか 自分は、もうすでに特別なのか? マディーラはハルトを見つめた ハルトは笑っている 「なかなか、ないことなのだ」 「……そうなのですか」 「マディーラ殿は幼くしてその相手と巡り逢えた。特別なことだ。グリフォード隊長はそなたにとって特別な男だ」 「はい」 「特別な男ともう一緒にいるのだ。あとは好きにすればいい」 「好きに、とは」 「意味など考えずに、やりたいようにということだ」 「意味を考えないでよいのですか」 「よいのだ。意味などない」 「ないのですか」 「ないよ。どれだけ意味を考えたところで、愛の前には無意味だ」 「愛」 「グルグル考えても悩んでも、愛している事実に変わりはない。であろう?」 「はい」 「自分の気持ちに忠実に」 「気持ち」 「欲と言い変えてもよい」 欲 それはあまり人に知られたくない自分の秘密 愛しい人にはなおのこと 浅ましい自分を見せたくはない なのにそれを道標とせよとおっしゃるのか マディーラはわけもわからず ひたすらに器の中の粉を混ぜた 変化し固まりになり それを形にして焼く そうすると魔法が掛かったように甘くておいしいお菓子になる グリフォードは喜んでくれるのだろうか

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