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第59話

「隊長。いよいよ、よくない」 「ああ。報告をくれ」 駐屯所へ着くと 隊員が駆けつけ愛馬を預かってくれる グリフは早足で執務室へ向かった 自分の机の前にはすでにスペラが立っていた 現国王陛下への反旗を誇示する動きは 徐々に過激さを増している 前国王陛下の復古を望む一派と 他の王子、王女を立てようとする輩は焦っていた ミラ国王陛下への国民の支持が高まりつつあるからだ 彼らとしてはミラ王子など王の器ではなく 初めは自分たちの傀儡にと画策したようだ 即位の日が近づくにつれて ミラ王子の後見人という名の権力を手に入れようと躍起になった 手を替え品を替え あらゆる脅しや甘言でもって王子を掌中にしようと 醜い争いが王宮内ではいくつも生まれた 陰で消えた人間もいる なのに結局 ミラ王子は誰の後ろ盾も得ずに即位してしまった それでは、と 刷新されるだろう体制の中で より良い地位を得ようとすり寄り始める 王の元には有形無形の貢ぎ物が届けられ どう掻い潜ったのか 寝所に美しい男女があられもない格好で待っていた事も 一度や二度ではないと聞く 呆れたミラ国王陛下は即位して日の浅いうちに しばらくは旧体制を継承すると宣言された だから浮き足立つことなくこれまで通り粛々と業務に励めと それで少しは王宮内も落ち着くかに思われた ところが陛下は 今までは暗黙の了解で見逃されていた事についてもお尋ねになられ 詳細不明な歳出や特定の官僚に対する手当は 尽く止められた 国政とは謎の多きことであるなぁと不思議そうに それでも容赦はなかった 役職こそそのままでも 利権と特権でのさばり歩いていた人間には鬱憤が溜まり 現国王では我が国は傾覆すると言いふらし 手近な悪党を救国の戦士のように持ち上げて やがて国王に退位の圧力を掛け始める しかしあいにくミラ国王陛下は聡明で 長く軍役を務めただけはあって非力にも程遠い 実際の戦闘の経験のある軍人に 傷一つでも負わせることは容易ではない 首都のことは不調法でな 陛下は口癖のようにそう言って 毎日きちんきちんと書類に目を通し 実務者を呼ばれて話を聞いた 陛下の目を欺いての悪事は難しくなっていく 真っ当な官僚たちは 新しい国王に心酔しつつあった 前国王陛下に不満があったわけではないだろうが 若く溌溂とした主君に みんなが期待し希望を抱き 彼の役に立ちたいと力を尽くしてこころを砕く 不穏分子はますます孤立し 強硬な手段を選ぶようになる それでも王宮の敷地内で済んでいるうちは良かった 「南か」 「ああ……もし万が一、これが|中《首都》だったら」 ましてや王宮内でなど考えたくもない グリフは報告を聞きながら眉間にシワを刻む 首都を護る高く頑強な城壁に 爆発物を仕掛けられたのだから事態は深刻だ 位置は第四隊が護る首都の"南" それも何故か内側ではなく外側に 「……どう思う?」 グリフは腕組みをしてスペラを見た スペラは肩を竦める 「手際の悪い愚か者の仕業、だと思いたいけどね」 「やはり警告か」 「あまりにも雑だろう」 爆発物を発見した第四隊隊長も 同じ意見だという 通常の巡回路に含まれる場所に 多少の細工はされていたとはいえ 見落とすはずのない状態で設置されていたと報告が上がっている 警告の次は本番だ 「……実行者は」 「とっ捕まえたのは間違いなく本物の犯人だけど、金で雇われた女だ」 本気で首都警護部隊を愚弄しているのだ 怒りよりもやり切れなさを感じる 何故そんな事をするのか理解ができない 深いため息と共にグリフは自分の顔を撫でた そんなグリフを見てスペラは少し気の毒そうな顔をした 「御内儀はいいのか?」 「……さて。いい加減、愛想を尽かされるかな」 こんなに愛していて大切で だけど満足に一緒にはいられない ここのところの急な呼び出しや連日の泊まり込みで グリフは自分の中の軍人としての緊張感が昂ぶっているのを自覚していた 怖くはない だけど、無事に帰れる保証はない 首都に配属されてから少し遠ざかっていた覚悟 だから、さっきも無理にディラに逢いに行った 最後かもしれないなどとは思わないけれど グリフは胸元のバラに無意識に手を這わせる 「……隊長、指示を」 「ああ。|中《王宮》と連携を取りたい。人員を増やす」 「|外《水陸》から借りるか?」 「そうだな。それについても、閣下とお話してからだ」 ミズキ将軍は自分を首都に置いておくつもりだと聞いてから 緊張感とは別の軍人としての気概が膨らんでいる このままなのか 変化を望むのか 首都にいても寂しい思いをさせているあの人に まだ耐えろと、俺は言うのか 職業上の満足のために あの美しい男を苦しめるのか マディーラとまた離れて暮らすつもりなのか? 「綺麗なバラだな。そこにあっては、咲くものも咲かないと思うけど」 「……そうか。水に挿そうか」 「ああ。花には水だ。水がなければ、咲かないどころか枯れてしまう」 あの大輪の花を枯らしてしまえば 俺は自分を殺しても気が済まないだろう 「スペラ」 「は」 「……本部へ行く」 「お供します」 机に置かれた水差しの水を グリフは自分の杯に注いでそこへバラを挿した くるんと縁を伝ってバラが揺れ こちらに蕾を見せて落ち着く それを指先で撫でて グリフは立ち上がった 「隊長」 「ん」 「こんな事は続かない。いずれきっちり俺たちが片をつけて、本当の新しい時代が始まる」 「そうだな」 「あんたたちもだ。だから、愛を育てる事に、手を抜いては駄目だ」 「……心得ておく」 手を抜いているだろうか だけど確かに育てているという実感はない もっと二人の愛を大切にしないといけない 溢れる程の愛も零し続ければ満たされない ちゃんと溜めて 少なくともディラをその中に あたたかく不安のない愛情に包んであげたい 「行こう」 「は」 待っていて欲しい、ディラ 俺はあなたを愛している

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