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第60話

本部は緊張感に満ちていた 先ほどまでディラの帰りを待っていた自宅のある村も おそらく軍関係者全員が持ち場へついていて ひどく静まり返っているだろう 「各隊、警戒態勢の詳細、および爆発物発見後の自陣捜索結果を報告」 グリフォードたちと前後して 首都警護部隊の隊長と副隊長は本部に集結した それを当然のように待ち構えていた将軍の一声で 戦時のような軍議が始まる 実際戦争のようなものだ この国の安寧を脅かす不穏分子は敵に等しい 「第一隊、何か」 「は」 各隊長の報告が全部終わってから グリフォードは握った手を挙げて発言を求める 険しい表情のミズキ将軍が恐ろしく低い声で促した 「|中《王宮》との連携を、許可願いたく存じます」 「……連携ならば」 「は。それに伴う人員確保につきましても」 「今頃、水陸の精鋭が城壁を越えて入都しているだろう。カラウとアルムは好戦的だ」 「失礼いたしました」 「何名」 「……八名、都合を」 「好きに選べ。他に」 グリフォードが頭を下げている間に 他の隊長らも補充人数を申告し ミズキ将軍は余りは私が貰うと言って立ち上がった 「虚仮にされるのは悔しいものだな」 その一言に ほとんどの隊員が知らない"軍人"としての将軍を見た 国中の軍関係者の中で選りすぐりの少数精鋭部隊 そんな彼らを率いる隊長職の男たちが 一瞬で凍りついた 敵よりも先に掃討されるような気さえする このまま手をこまねいていればの話だが 「全隊、抜かるな」 「は!」 「グリフォード隊長、来い」 「は!」 グリフはスペラを伴って将軍の後を追い 本部の一番奥まったところにある執務室へ同行した 将軍は自分の椅子に身体を投げ出して 二人が並んで直立するのを待って口を開いた 「|中《王宮》と連携できると思うか」 「連携であれば」 「やつらは軍服を入れたがらん」 「緊急事態です。軍服など脱ぎます」 「ならばそう言え。向こうの出方次第だ。いくら私でも、中の事に口は出せん」 王宮という言葉は広義にも狭義にも便利に使われる 首都警護部隊が「王宮」と言えば 第一隊が駐屯する「王族の敷地」という場所を意味する 首都のほぼ真ん中に位置し 森や川を含む広大な御料地と この国の中枢である壮麗な大宮殿と 王族の方々が住まうその他の様々な建造物 そのすべてを第一隊が警護している そして同じ王宮でも「中」を意味することもある 軍人を含む一般国民と一線を画する人間たちが 「控えよ」と自分たち以外を排斥する場所 外周の警護については前国王陛下の代に許可されたけれど 扉の中にはいかなる緊急事態であっても 軍人が軍服を着て入る事はできない お召しを頂いて参上するときは 礼服を着て武器を捨てる そんな「王宮」の内の「中」という場所と概念に 一国民である軍人が口を出すことができるはずもない 「中の警護では、不安が多すぎます」 「それも言えばいい」 軍人など王宮という高潔な場所に相応しくない それは何代も前からこの国では常識だ 大昔に血で血を洗う争いがあったがために 建前としては武器を携帯して|王宮《王の家》に入るなどという無礼を許さないということだけれど 結局は謀反の警戒とただの特権意識の成れの果てだ しかし太平ではないこの状況に 中を護るのは王宮直属の数人の兵士のみ しかも彼らは官僚のようなもので 実戦どころか武器を使った事もないと聞く 例えばグリフが短剣ひとつでも持ち込めば 簡単に制圧できるのではないかと思う 素手での接近戦を得意とするスペラなら それこそ裸でも可能だろう 実際のところはわからない 王兵たちと話をした事はない 泥と汗にまみれてのたうつ様な訓練を繰り返す野蛮人 そのように見られているのは明白で 彼らと仲良くできる自信はない だけど 真実は今関係ないのだ 王兵など取るに足りない 敵がそう考えて攻めてくるのが困るのだ 張りぼてでも張ったりでも 威嚇というのは実に有効な防御なのだから 「王兵と、話のできるようお取り計らいください」 「……実は、もう呼ばれている。先方もさすがに弱気になったということだ」 「頭を下げて?」 「顎を上げてだ」 グリフは耐えたけれど スペラは不満げに鼻を鳴らした ミズキ将軍は行ってこいと一言告げて 大きな手をひらりと振った 「ケツ穴締めてかかれ」 「は」 二人は一度駐屯所へ戻り そこには八名の補充人員もいて 彼らに礼を言って 針一本、不審物を見落とすなと言い含めた そしていやいや簡易な礼服に着替えて 大宮殿に向かった 「ご苦労」 大宮殿の中に設えられた詰め所 駐屯所とは違い ひどく居心地が悪いのは着慣れない礼服のせいではない 「ミラ国王陛下が、このような状況であるから、首都警護部隊と話をせよと仰せでな。まあ、陛下はご自身が軍に携わっておられたから、お情けがあるのだろう」 「……ご高配、痛み入ります」 「それで?ご自慢の軍力で、そちらが外敵を入れなければ、ミラ国王陛下はもとより、王族、官僚の方々に累が及ぶ事はないと考えるが」 「事は緊急であり、慎重を要します。我々にも、陛下のおそば近く控える事をご容赦いただきたい」 「近く、とは」 「視認できる範囲です」 「国王陛下を、視認。軍人が」 「ご無礼をお許しください」 できることならこいつらをすっ飛ばして ミラ国王陛下に直談判したかった 何度か一緒に仕事をした事がある 少なくとも無礼だ僭越だなどと言うくだらない理由で 議論が進まないような事はないだろう 冷静で優秀な軍人だった 「いかなる理由があろうと、軍服を来た人間は中には入れん」 「……お借りできるのでしたら、その上品な"衣装"で任務に就きます」 「似合わんと思うが、用意しよう」 そこにいた王兵たちが笑った こんな腑抜けに陛下を護らせているのか こんな腑抜けでも務まるのだと この国の平和を喜ぶべきか 「我々は、通常通りの業務を行う。それで十分だと思っている。事を荒立てたいのか手柄を探しているのか、軍部が介入したいと言うのであれば、させてやってもいいが、我々の邪魔はよせ」 「弁えます」 「ふん、どうだか」 汚れひとつない衣装を翻して 王兵が立ち上がる すれ違いざまに肩でもぶつかれば それだけで吹っ飛んでしまいそうな軟弱な男だ 生意気にも将官の立場だが敬礼には値しない グリフォードは無表情に彼を見つめ返した 背後でスペラが睨んでいる気配がする 「国王直下の兵士である我々は、陛下の身辺警護が仕事だ。火をつけたり危ないものを置いたりする輩との追いかけっこは性に合わない。軍がきっちり対処するように」 「……は」 「前国王陛下もお護りした。その我々も、ミラ国王陛下には手を焼いている。追いかけっこがお好きなようでな」 「……」 「軍人同士、気が合うのではないか」 「国王陛下と首都の安全のために、大宮殿を含む"中"での警護活動をさせていただきます」 「……わかっているだろうが、野蛮な真似は控えよ」 「軍服は脱ぎ、丸腰で、ですね」 「それで役に立つのかな、軍人が」 「衣装のご準備は、どのくらいかかりますか」 「そうだな……」 意地悪そうに勿体をつけて 王兵がわざとらしく思案して見せる 付き合っている暇はない グリフは軍人らしく機先を制する 「今日の晩から、おそばにつきます。よろしくお願いします」 「晩?軍は陛下が執務を終えられてからもまとわりつくつもりか」 「……失礼ですが、そちらはどのような体制で?」 「朝、この大宮殿に見えられてから、執務を終えてご自身の宮殿へ戻られるまでだ」 「移動時の護衛は」 「我々は、この大宮殿内での身辺警護が仕事だ」 つまり この国の王は大宮殿を出れば誰にも護られていないのか なぜ前国王はそれを許したのだろう 長い御世で危険がなかったはずもないのに 「普段から行儀の悪い事が当たり前の世界ではない。陛下は、神のご加護がある」 「そちらの邪魔も、陛下の邪魔もしません。しかし、徹底的に隙を潰します。衣装は三着ご用意ください」 グリフォードはそう言うと 形ばかりの頭の一振りでその場を辞した 駐屯所へ戻り礼服を脱ぎ捨てる頃には 陛下への不憫さが募る あの中の誰かが、本気で陛下をお護りするとは思えない きっとやつらよりも陛下の方が頼もしいだろう 「スペラ、三交代だ」 「ああ。誰にする」 「八人の中に、適任がいる。そいつを入れて俺たちだ」 「了解」 とても優秀な軍人なのに ものすごく人当たりのいい男が混じっていた あいつなら陛下の覚えもめでたいだろう 自分やスペラのように厳ついのだけでは辟易されるかもしれない そしてあの男は火器に明るかったはずだ 「……いいのか」 「なにが」 「いつまで続くかわからんぞ」 「そうそうは、続かない。お前がそう言ったんだ」 机の上のバラは ほんの少し膨らんだように見える そっと指先で触れれば逃げるように揺れる 愛しい人 グリフォードは珍しく伝令を頼み マディーラに王宮へは近づくなと手紙を書いた

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