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第61話
その晩は
さすがに隊長としての仕事が目白押しで
スペラが中へ出かけていった
翌朝戻ってきた彼が言うには
王兵はクソの役にも立っておらず
陛下を実質お世話し護っているのは
執務のお手伝いをしている側近たちだと言う
四六時中傍にいて
突然現れたスペラにも好意的で
陛下ご自身も信頼を寄せているらしい
「王兵は何をしてるんだ?」
「知らない。ほとんど見なかった。俺の視界に入らず気配も悟られず遠巻きに警護しているのであれば、是非ウチに入隊してもらいたいね」
軽薄な王兵の衣装は
スペラが着てもまったく様にはならない
スペラは肩の辺りまで伸びた緩い巻き毛を煩わしそうに縛っている
「これ、まずい。動きにくいよ。走れない」
「礼服よりはマシだろう」
「国王陛下は、ご自身のお考えで刷新は行われないのだろうか」
「……さて。あまり急激な変化は刺激が強い。冷静で聡明な御方だ。何か思うところがおありなんだろう」
「俺の身分がもう少し高かったら、王兵を廃せとは言わないけど、この服は駄目って言いたいね」
スペラはその場で
つまりグリフの執務室でバサバサと裸になり
心底いやそうにその衣装を長椅子に放り投げている
大小の傷跡と盛り上がった筋肉
軍人らしい裸体は見飽きたけれど
スペラの裸をじっくり見るのは久々だった
「……少し大きくしたか」
「ああ、ここ?昔の傷が痛むから、重点的に筋肉乗せた」
「相変わらず強そうな身体だな」
「隊長ほどじゃない」
スペラは昔から素手で戦わせたら飛び抜けて強かった
身体能力が異常に高いのだ
相手の動きも
何かが飛んでくる気配も
通常では考えられない鋭さで確実に把握する
相手を直接打撃する事で
闘う痛みを忘れたくないと昔話していた
だからと言って徒手戦闘にどこまでもこだわっているわけでもなく
そこら辺りのものを使って罠を作ったり
武器じゃないもので攻撃したりするのにも抜群に長けている
つまり非常に強い
「あれ?愛を余らせてる顔だね」
「ばか」
「ムラムラする?」
「するから服を着ろ」
「作戦失敗かぁ」
一晩の間に
実は同様の爆発物が二つ見つかった
いずれも首都の城壁の外側で
ほんの小さな火種を放れば
即爆発するような状態だったという
設置した人間はいずれも金で雇われた愚か者だ
「……中は、どうだった」
「あまり動けないけど、少なくとも陛下の執務の行われる部屋に危険物はない」
「そうか」
「議場には、さすがに入れなかった。明日の晩にでも、忍び込む」
「ああ」
王宮で爆破事件など
絶対に阻止しなければならない
今頃は水軍から来た人当たりのいい男が
軍人らしからぬ微笑を浮かべながらスペラ同様に宮殿内を抜かりなく捜索してくれているだろう
「本部からは?」
「……内密に、目星がついたと」
「そうか」
「証拠か、現行を確認するしかない」
「ああ」
「何人か怪しんでいるようだ。そいつら全員がグルなのか、本丸は一人なのか、そこまではまだ判明していない」
「了解」
今朝マディーラから言伝が届いた
陛下のお召しがあれば行くけれど
なるべくおとなしくしているとの事だった
添えられていた花は蕾のほころび始めたバラの隣で水に浸かっている
「失礼します」
「なんだー」
「隊長に、レーズさんが……お邪魔を致しましたか」
「すぐ行く」
ごそごそと着替えをしているスペラをおいて
グリフォードは慌てて応接室へ向かった
レーズさんというのは元軍人で
今は刃物専門の行商人だ
グリフの大切にしている短剣も彼に頼んで誂えたものだし
手入れも彼に頼る
行商人だけあって
常に首都にいるわけではないので
こっちへ来た時は顔を出してくれとみんなが言伝る
腕のいい職人だからだ
「悪いな、グリフォード。なんだか物騒な感じで、情報集めてたら遅くなっちまったよ」
「いえ。少しバタバタしております。レーズさんも、道中お気をつけて頂きたい」
「はーい。で、例のアレな」
「で、できましたかっ」
「ああ。待たせたな」
狭く簡素な応接室で
レーズは懐から大事そうに小さな袋を取り出した
皮製の巾着をそのままグリフォードの前に置く
「確かめてくれ」
グリフはひとつ頭を下げてからその巾着の紐を解き
中身を手のひらへ出した
清冽な光を放つ透明な石のついた指輪
「……すごい」
「いい石があってよかったよ。なんせあのマディーラの指を飾るんだ。生半可なのじゃ霞んじまう」
レーズは刃物を取り扱う
剣や刀には装飾する事が多い
その装飾もレーズが全部やるので
誰からともなく身につける方の装飾品も
彼に作ってもらうようになった
レーズと会う機会が少ないので気軽ではないけれど
時間が掛かってもかまわないと思う軍関係者は
彼に大事な装飾品を頼むことが多い
グリフもその一人になったわけだ
「すごく、綺麗ですね」
「だろう。なかなかないよ、その透明感と大きさは」
「ええ……見たことがない」
別にもっと質素なものでもいいと思っていた
それどころか指輪でなくてもいいとさえ思った
この国には婚約指輪という概念はないので
そういう贈り物がなくてもおかしくはない
だけど
いつだったかマディーラを泣かせた日
零れ落ちる涙を見て
もう二度とあんな風にはさせないと誓った
マディーラの美しい涙を閉じ込めてしまいたかった
グリフはレーズに会った時
透明に輝く石で何か作って欲しいと頼んだ
「だったら指輪だな」
「……そうなんですか?」
「ああ。耳飾りなら石が二つ要るし、首飾りじゃ本人が見えない。やっぱりいい石なら指輪だな」
「では、ぜひ」
そんなやり取りは少し前の話だ
ようやくグリフの手元に来た石は
マディーラの涙のように美しい
受け取ってくれるだろうか
「ありがとうございます。御代は用意しています」
「毎度どうも。剣はどんな按配だ」
「見てもらえますか。使わないから、刃は大丈夫なんですが」
グリフはいつも腰に挿している短剣を抜き
レーズの前に置いた
レーズは慣れた手つきでテキパキと検分し
すべてを元通りに収めてグリフに戻す
「よく手入れしてあるな。作ったこっちも嬉しい」
「大事なものですから」
「マディーラの名前でも彫ってやろうか」
「名前だけでも、彼を戦場には連れて行けません」
「愛だね」
「愛です」
こんな小さな指輪が愛の証だとは思わない
だけど
ほんの少しでも彼の笑顔が見られれば
軍人の身には決して安くない代金でも
喜んで支払いたいと思う
「レーズさん、本当にいいものをありがとうございます」
「いや。あのマディーラに身につけてもらえるなんて、こっちも鼻が高い」
「もうしばらく首都に?」
「そのつもりだよ。ちょっとここで商売させてもらうけど」
「ええ。ごゆっくり」
グリフォードはもう一度指輪を見つめ
そっと袋に戻して懐へ入れた
早くマディーラに逢って
彼の指にこれを嵌めたい
そして抱き締めて愛していると伝えたい
グリフォードはその晩
ミラ国王陛下の警護に当たった
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