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第62話

「陛下、どちらへ」 「さすがに優秀だ」 爆発物が見つかってすでに十日 軽薄な衣装での国王陛下の身辺警護も続いている 初日どおり 夜間はスペラが側につき 朝から昼過ぎをもう一人が請け負い グリフはその後夜までを引き継ぐ ミラ国王陛下は執務の間に姿を消すと言われていた 息抜きであるのだろうからそっとしておくべきだけれど それでは何のための警護かわからなくなる 「側近たちは、気づかぬのだが」 「は……ご無礼をお許しください」 「かまわん。面倒を掛けるが、少し散歩をする」 「は」 「供をしなさい」 「は」 ミラ国王陛下は気性の穏やかな人だ 何度か一緒に仕事をした事もあるので 戦時であってもそれが変わらない事も知っている 常に穏やかで冷静であるのは 内に秘める思いが強い人だからだろう 王兵たちはきっと色々と耳に入れているだろうし 自分の寝所の扉の外まで誰かがいるという煩わしさもあるのに よろしく頼むと言われただけだった グリフたちはできる限り目に入らないように努め 気配を消し 執務はもとより私生活のお邪魔をしないように心がけた 当然見聞きした事は記憶から消していく それでもやはり 単身出歩かれるのであれば お声を掛ける事も止むを得なかった 「グリフォード隊長、連日感謝しているよ」 「もったいないお言葉でございます」 「昔から、優秀だった。首都も安泰だ」 「陛下には、ご心労をおかけしており、申し開きのしようもございません」 「すべては私の責任だ」 供をしろと言われたからには 通常よりも近くに寄って随行する お言葉を戴きながら数歩後ろを歩き 向かった先は美しい庭園だった ああ、ここか 「陛下!」 庭師たちが陛下に気づき さっと膝をついて出迎える 少し離れた位置からこちらへ早足で向かってくるのは 美しい銀髪を靡かせるマディーラだった グリフォードは久々に見る彼の姿にこころを躍らせ それでも任務に励まんと陛下の後方に膝をついて控えた さり気なく庭師たちの様子を窺う 彼らの使う道具は簡単に武器に代わる 「ずいぶん進んだな。あの種は、うまくいきそうか」 「はい。先日ひとつ芽が出まして、それから次々に」 「さようか。やはりマディーラに任せて正解であったな」 「滅相もございません」 「指図をした私が言うのもなんだが、王宮は今ざわついている。あまり一人では出歩かぬように」 「恐れながら……それは全国民が、陛下に差し上げたき言葉にございます」 「であろうな。だからお守りがついたぞ」 庭師たちが笑っている どこへ行ってもそうだけれど 陛下は人に好かれる 反体制派はそれを恐れているのだけれど 「すまんな、マディーラ。グリフォード隊長を煩わせている」 「いえ……きっと光栄にございましょう」 柔らかくマディーラが陛下に申し上げ そのままチラリとグリフに視線を流した 美しい紫の目がグリフを捕らえる グリフはかすかに頷いて見せた ディラの頬に少し赤みが挿す 「私どもの作業も、もう間もなく終わります。あとは花が咲いてくれるのを待つばかりとなります」 「さようか。楽しみだな」 「はい」 陛下はその後マディーラに連れられて 広い庭をゆっくりと歩いて回られた グリフは庭の入り口で直立して控え 神経を研ぎ澄ませながらもマディーラを見つめていた 木々や草花の中にいるマディーラが一番綺麗だと思う まだ花のついていない葉を指差しては 陛下にご説明申し上げている なるほど 彼はこういうことに向いていると心底感心した 「マディーラ、感謝している。みなも」 陛下はその一言を残して 大宮殿へ戻っていかれた 去り際に グリフは一瞬ディラを見つめた ディラも一心不乱にグリフを見ていた まるで彼が後宮にいた頃のような一瞬の逢瀬 愛しくて胸が詰まる思いだった 懐に入れてある指輪 それが渡せるのはいつになるのだろう そんな二人を陛下はご覧になり鷹揚に仰った 「グリフォード隊長」 「は」 「かまわん。マディーラと話して行けばよい」 「……ありがたいお言葉でございますが、任務中でございますので」 「……さようか」 「は。ご高配、痛み入ります」 「では、参ろうか」 「は」 すまない、マディーラ 寂しげに揺れるあなたの目を見るのが辛いほど あなたを愛しく思っている どうかわかって欲しい グリフはもう咲き終わりそうだからと 水からあげて今日一日胸に挿していた青いバラを 無言でマディーラに差し出した ディラがくれたバラだよと 言わなくても伝わったのだろう それこそ花の咲くような笑顔でディラが受け取ってくれた 頷きあい ほんの一瞬触れ合った指先に愛を込める 「隊長、一旦帰宅していいですか」 「?ああ、いいよ。どうした?」 「ちょっと疲れてきた。やはり夜の警戒はキツイな」 数日後 スペラが朝になって戻ってきて 仮眠室から出てきたグリフォードにそう訴えた 首都警護部隊のうちでも第一隊は あの日以来ほとんどの隊員が駐屯所に寝泊りしている 連日の警戒任務は気力を消耗する 体力が落ちればますます集中力は殺がれる 自分の状態をうまく調整するのも立派な仕事だ 「代わろうか」 「いや、いい。ただ、今日は夜まで休みたい」 「わかった。悪いな、気づかなくて」 「隊長も帰れば?」 「俺がここを離れるわけにはいかないよ」 「隊長を差し置いて、帰宅できる隊員もいない」 「お前は?」 「だから致し方なく、俺が先陣を切る」 「……ありがとう。すぐに、段取りを組ませて順次帰宅させる」 「よろしくねん」 スペラは聞き上手だ それは彼が人を気遣うことに長けているからだろう さり気なくあっさりと グリフォードを補い部下たちを労う 実によくできた副隊長だ グリフは自分の至らなさを反省しながら 食堂で朝餉をかき込んでいる隊員に 小康状態につき順次帰宅し休息を取れと指示した その時の隊員の顔は絵に描いたような笑顔だった よほど疲れていたのだろう グリフォードが出て行った食堂から 隊員どもの雄たけびが響いてきた 「将軍どころか、隊長も満足に務まらんな」 グリフはそう呟きながら執務室へ戻り 本部が送ってきた作戦にもう一度目を通した 捕らえた金目当ての愚かな実行者たちの話をまとめれば 近々もっと大掛かりな仕事を頼むから その時もよろしくと言われていたらしい 捕まってしまってその大口の稼ぎをふいにしてしまった事を悔やみつつも自供したのは 軍部の予想通りそれは首都内での爆破だと言う 明らかにそう言われたわけではないらしいけれど 人通りの多い場所、ミラ陛下のお膝元でやれば ミラ体制への批判が大きくなると踏んでいたようだ 治安の悪化は自分たちの生活に直結する 不安をうまく煽れば政権を覆す機運になりえる みつかった爆発物と同じ物を使うとすれば あまり小さくはないので仕掛ける場所は限られる 仕掛けるときも人目につく ひどく消極的ではあるけれど 水陸から補充を大幅に拡大して あらゆる場所に軍人を立たせるというのが 今回通達された作戦だった ちなみにミズキ将軍閣下はご立腹らしい 口には出さないけれど ハルト様であればもっといい作戦を出すと言いたいのだろう 口に出さないだけマシか 「しかし……」 本当に街なか、あるいは王宮にそんな物騒なものを仕掛けるつもりなのだろうか そんな事をしてでも守りたいのだろうか 利権や特権を? 犠牲の大きさに対して それはあまりにも矮小であるとは考えないのか 国民の目が少ないということで 王宮は飛び抜けて軍人の配置数が多い それだけの人員を投入しても不審物は見つからない 大宮殿とミラ国王陛下の私宅である宮殿は グリフたち三人が毎日検分している 反勢力の目もあるのでミラ陛下が出入りなさらない場所には立ち入れないけれど 必要だと判断した場所については誰かが密かに侵入して危険のないのを確認した いったいどこを狙ってくるというのか 内々に耳打ちされたのは 前国王陛下の長男であるクレノ王子の周辺が怪しいという話だ ご本人も早くから自分が次期国王だと言って憚らず 周囲もそう信じていたので取り巻きも多い 内政に関与できる役職を長く務められ 今もその地位におられるけれど ミラ国王になってから その活躍は鳴りを潜めているらしい ほとんど独断で人も金も動かしてきたのを 陛下が逐一お尋ねになるのでままならないということだ 鬱憤は相当だと推断される 人格者ではないのは王宮に近い人間であれば痛いほど知っている あまり明晰でもない 彼であれば後先考えずに八つ当たりのように暴れるかもしれん その方が厄介だ なにしろ読めない 子どもの駄々と同じ ただ自分の満足のために花火を上げかねない グリフは深いため息をついて指令書を机に伏せた ディラはどうしているだろうか ミラ陛下のお供で訪れた庭で一瞬目を合わせられた だけどそれっきり 逢いたくてたまらない 「隊長!」 「なんだー」 「こんなもんでいかがでしょうか!!」 「仕事が早いな……」 部下は嬉しそうに出退表を手に執務室に駆け込んできた みんな疲れている 水陸から来てくれている人間には グリフたちが暮らす村に宿も食事も用意してあるけれど 彼らがそこで休んだ事はない つくづく自分の狭量さに苦笑いが漏れる グリフはその表を受け取って確認した かわいい部下たちはそれでもささやか過ぎる休みしか確保していない 「……すまんな」 「いえ!」 「ありがとう。これでいい。わずかだけれど、ゆっくり休め」 「は!隊長も、このようにさせて頂きましたので!」 「え?」 表の一番上にはグリフの名前があり 明日の日中に休むことになっている 本当に愛しい馬鹿どもめ 「了解した」 「は!」 びしりと敬礼をかまして はじける様な笑顔で退室していく部下の背中は頼もしい すまんな、頼りない隊長で 部下の厚意を退けられるほど自分は強くない 甘えて縋って どうしてもマディーラに逢いたいのだ グリフは伝令を頼み マディーラに明日の昼に一度戻ると伝えた

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